中部経典『蛇喩経』

中部経典の第22は、『蛇喩経』です。 この経典には、有名な『筏の喩え』も出てきます。 本当は『筏喩経』のほうがいいのですが、蛇の喩えのほうを題名としたようです。 アリッタという比丘が、『世尊が障害であると述べられたこれらの法を行なっても、障害…

中部経典『鋸喩経』

中部経典の第21は、『鋸喩経』です。 この経典は、どのような言葉を投げかけられても、どのような仕打ちをされても、鋸で手足を切断されようとしても、一切の世界を対象とした慈心=慈無量心であるべきだという教えです。 いろいろな例を挙げて、最後は、…

中部経典『考相経』

中部経典の第20は、『考相経』です。 この経典は、不善の法が心に起こったときの5つの対処法について説かれます。 不善の法とは不善の考え、悪い想いです。 そして、ここでも、 不善の法を滅する⇒定 ということが説かれます。 これは数多くの経典に出てき…

死後・輪廻はあるか、の論文

pipitさんが、ご自身の掲示板に貼られていた 森章司先生『死後・輪廻はあるかーー「無記」「十二縁起」「無我」の再考ーー』http://www.sakya-muni.jp/pdf/bunsho12.pdf の論文がとても素晴らしかったです。 全文素晴らしいので、全文を載せようと思いました…

中部経典『二種考経』

中部経典の第19は、『二種考経』です。 この経典は、仏陀の修業時代(まだ正しい覚りを得ていない菩薩の時代)の回想です。 菩薩という言葉が、原始仏教では、まだ正しい覚りを得ていない修行者という意味で使われていることに注目です。 そして、この経典…

中部経典『蜜玉経』

中部経典の第18は、『蜜玉経』です。 この経典は、仏陀が『この法門を〈蜜玉の法門〉として受け止めなさい』と言ったとあります。 蜜玉とは、蜜と砂糖で作られたお菓子ということです。 現代の感覚では、コンビニで100円あれば買えるようなものですが、…

中部経典『山林経』

中部経典の第17は、『山林経』です。 この経典は、最初を読むと、山林に住むことについての心得のように思えるでしょう。 しかし、実は、山林だけではなく、村、町、都市、地方のどれにおいても、そこに住むべきかどうかの基準が語られています。 それどこ…

中部経典『心不毛経』

中部経典の第16は、『心不毛経』です。 この経典は、五つの心の不毛と、五つの心の束縛について説かれます。 そして、五つの心の不毛と五つの心の束縛が捨てられたとき、四神足と努力が起きます。 全部で十五の部分であり、これをそなえたならば、最上の無…

中部経典『推理経』

中部経典の第15は『推理経』です。 この経典は、 悪言業と善言業を作る諸々の法(それぞれ十六法ある)につき説かれ その十六の法を『推理』すること その十六の法を『観察』すること が説かれます。 悪言業とは、悪言の行為(kamma)のことです。 善言業…

中部経典『小苦蘊経』

中部経典の第14は、『小苦蘊経』です。 この経の前半は、第13の『大苦蘊経』と同じことを語っています。 『大苦蘊経』との違いは、後半のニガンタ(ジャイナ教徒)たちとの問答です。 仏陀がジャイナ教徒に『なぜあなたたちは苦行するのか?』という意味…

中部経典『大苦蘊経』

中部経典の第13は、『大苦蘊経』です。 この経は、異教の行者たちの質問『ゴータマもわれわれも、欲・色・感受の知悉を主張している。どのような違いがあるのであろうか?』に答えた説法です。 仏陀は、こう言います。 欲の 楽味(assada)・危難(adinava…

身の毛のよだつ教え

前に、大般涅槃経(大乗涅槃経も同じ題名なので、区別するためパーリ涅槃経という)の仏陀のメッセージによって、後に大乗仏教が興ったと書きました。 そして、『大獅子吼経』でも、同じ感想を持ちます。 『大獅子吼経』も、パーリ涅槃経と同じく、仏陀80…

中部経典『大獅子吼経』

中部経典の第12は、『大獅子吼経』です。 この経典は、仏陀が80歳、つまり入滅の年に説かれたらしく、仏陀自身の智をさらけ出したような内容です。 この説法を聞いていたナーガサマーラと言う尊者が聞いて『身の毛がよだった』ということから、『身毛の…

中部経典『小獅子吼経』

中部経典の第11は、『小獅子吼経』です。 獅子吼とは、註に、最上の咆哮、無畏の咆哮、無敵の咆哮のこととあります。 仏陀のサンガにこそ、沙門、第二の沙門、第三の沙門、第四の沙門がいて、他の異教にはそのような沙門を欠いている、と獅子吼しなさい、…

七菩提分

マニカナで、石飛先生が、『阿弥陀経』の中の、 またさらに舎利弗よ、かの仏の国土には、常に、見事で彩り豊かな様々な鳥がいる。白鵠・孔雀・鸚鵡・舎利、迦陵頻伽・共命の鳥などである。これらの鳥は、一日に六回、美しく優雅な声でさえずることで、 五根…

中部経典『念処経』

中部経典の第10は、『念処経』です。 念処経については、すでに書いているものがありますので、それを再び載せます。 ⬇ 中部経典『念処経』も 長部経典『大念処経』も、 四念処について説かれています。 内容はほとんど同じです。 四念処の、身⇒受⇒心⇒法 …

中部経典『正見経』

中部経典の第9は『正見経』です。 この経典は、『正見』について、真正面から説き明かしたものです。 正見のある者になるにはどうしたらいいのか、という問いかけに対する答えです。 1,善・不善の法を知ること 2,四食を知ること 3,四諦を知ること 4,…

中部経典『削減経』

中部経典の第8は『削減経』です。 削減とは変わった題名ですが、ここでいう削減(sallekha)とは、煩悩を正しくすべて削るという意味です。 さて、この経典も見落としがちですが、非常に重要なことを含んでいます。 まず、我説(色を我と見るなど)や世界説…

中部経典『布経』

中部経典の第7は『布経』です。 『布喩経』とも言います。 これは前に解説しましたので、その文を載せます。 中部経典『布喩経』には、歴史上の仏陀の教説を理解するために非常に重要な鍵が多くあるように思えます。 特に、三宝や五根・五力、七覚支、そし…

中部経典『希望経』

中部経典の第6は、『希望経』です。 『希望』という仏教にはあまり出ない言葉で語られます。 どのような希望でしょうか。 『尊敬される者になりたい』『衣や食や臥坐所や医薬品を得るものになりたい』『親族や死者たちに大きな功徳があってほしい』『恐怖を…

中部経典『無垢経』

中部経典の第5は『無垢経』です。 世界には、4種類の人がいると説きます。 1,垢があっても、〈私には内に垢がある〉と如実に知ることのない人 2,垢があっても、〈私には内に垢がある〉と如実に知る人 3,無垢であっても、〈私には内に垢がない〉と如…

中部経典『恐怖経』

中部経典の第4は『恐怖経』です。 この『恐怖経』は、仏陀が悟りに至ったときのことが詳しく出ています。 つまり 〈五蓋などの不善の法を取り除く〉⇒〈四禅定〉⇒〈三明〉 です。 この過程は非常に重要なので、この経典以外にも5つか6つくらいの経典で言及…

中部経典『法相続経』

中部経典の第3は、『法相続経』です。 この経典は、 『わたしの法の相続者になりなさい。財の相続者になってはいけません。』という言葉で有名です。 そして、この言葉の後に、このような例を挙げます。 仏陀が供養された食事を食べ、満腹になった。 しかし…

中部経典『一切煩悩経』

さて、中部経典2番目の『一切煩悩経』です。 この経典は、非常に重要です。 仏陀は、こう言います。 『あらゆる煩悩を防止する法門を説きます。』 そして、『私は、知る者に、見る者に、もろもろの煩悩の滅尽を説きます。知らない者に、見ない者に、ではあ…

唯識が役に立つかもしれません

山下 (112.71.51.11) 2021-03-19 12:29:47 すみません 仏教の教えについては殆ど解っていないものです よろしくお願いします。 「縁起を見る者」について読ませて頂きました。 こんな例はどう考えるのか思案していましたが解らず質問として書き込ませて頂き…

中部経典『根本法門経』

自費出版の原稿を書くための備忘録として、いろいろな原始仏典の大まかな内容を書き留めておこうと思います。 まずは、中部経典から。 中部経典は、全部で152経あります。 最初の50経を根本五十経といいます。 その最初、『根本法門経』から。 根本法門…

縁起を見る者

スッタニパータにこうあります。 650 生まれによって(バラモン)となるのではない。生まれによって(バラモンならざる者)となるのでもない。行為によって(バラモン)なのである。行為によって(バラモンならざる者)なのである。651 行為によって農夫とな…

涅槃は虚妄ならざるもの

スッタニパータにこうあります。 757 過ぎ去るものは虚妄なるものである。 758 nibbana(涅槃)は虚妄ならざるものである。 歴史上の仏陀は、仏や如来は死後も存続するのか、つまり仏や如来に実体があるのか、という質問には無記(答えない)としまし…

『念処経』『大念処経』

中部経典『念処経』も 長部経典『大念処経』も、 四念処について説かれています。 内容はほとんど同じです。 四念処の、身⇒受⇒心⇒法 で、 身の随観では、 出息・入息の部 威儀の部 正知の部 厭逆観察の部 要素観察の部 九墓地の部 が説かれ 受は、受の随観の…

『念処経』に見る一乗道

中部経典『念処経』にこうあります。 『この道は、もろもろの生けるものが清まり、愁いと悲しみを乗り越え、苦しみと憂いが消え、正理を得、涅槃を目の当たり見るための一道です。それは四念処です。』 ここは、長部経典『大念処経』も全く同じです。 ekayan…