八正道の続き

『仏陀の真意』にもこのブログにも書きましたが、

八正道には続きがあります。

 

中部経典『大四十経』です。

 

正見の者には正思惟が生じます。

正思惟の者には正語が生じます。

正語の者には正業が生じます。

正業の者には正命が生じます。

正命の者には正精進が生じます。

正精進の者には正念が生じます。

正念の者には正定が生じます。

正定の者には正智が生じます。

正智の者には正解脱が生じます。

このように、

八の部分をそなえた者は

有学の実践者となり

十の部分をそなえた者は

阿羅漢になります。

 

この言葉の意味がはっきりとわかってきました。

 

 

五根五力は、

信⇒精進⇒念⇒定⇒慧 

 

 

七覚支は、

念⇒択法⇒精進⇒喜⇒軽安⇒定⇒捨

 

 

すべてが繋がっていました。

 

仏陀が何故、出家してすぐ、無所有処定と非想非非想処定をマスターしたのに『解脱に至らない』として捨て去ったのか、の答えが、これらとすべて繋がっています。

 

『信仰を捨てよ』の意味も。

 

『筏を捨てよ』の意味も。

 

『捨』も。

 

仏陀は何故、成道して最初に、アーラーラ・カーラーマとウッダカ・ラーマプッタに説こうと思ったのか、

この答えもすべて繋がっています。

 

 

 

 

 

 

 

我が立つ杣

新古今和歌集に最澄の歌として

阿耨多羅三藐三菩提の仏たち

我が立つ杣に 冥加あらせ給へ

があります。

 

和歌として詠む時の音としては、五七五七七とするために

『あのくたらさんみゃくさんぼだいのほとけたち

わがたつそまに めがあらせたえ』

となると思います。

 

この歌の響きは本当にいい。

最初に『阿耨多羅三藐三菩提の仏たち』と持ってきたのは、非常に大胆です。

 

『杣』は辞典では『建築材としての木材を育成している山』となっていますが、ここでは木が生い茂っていて人が入ってない山という意味にとらえた方がふさわしい。

 

『冥加(みょうが)』は本当にこの6年後凄い冥加が舞い込みます。

 

 

宮澤賢治が比叡山根本中堂を訪れた時の歌は、この歌を踏まえています。

 

ねがはくは 妙法如来正遍知 大師のみ旨成らしめたまへ

 

 

 

 

 

 

 

 

『テーリーガーター』の中の三明

『テーリーガーター』には数十人の比丘尼の言葉がおさめられています。

その中の17人が『三明を得た』と言っています。

その中には、天眼智だけを挙げた3人も含んでいます。

天眼智を自分の前世を知る智恵と言っているものもあり、仏陀在世の時代には天眼智が宿住智を含む意味で使われたり三明の意味で使われたり、つまり、智慧の代表として使われた言葉なのでは、と思っています。

とにかく、これほど多くの比丘尼が三明に言及してます。

仏陀在世の時の仏教は、三明が根本なのです。

三明というのは、智慧です。

慧です。

ヴィパッサナー(観)とは、慧をもって観じることです。

慧に達してない段階でヴィパッサナーはあり得ない。

ヴィパッサナーをメソッドにしてしまったら、それはヴィパッサナーではない。

全く、三明を言わなくなった今の仏教は、本当に仏陀の理法なのだろうか。

 

 

 

 

原始仏教、部派仏教、大乗仏教

私は、仏教を、原始仏教、部派仏教、大乗仏教に分けています。

原始仏教とは、仏陀とその直弟子の時代、仏陀の理法が正しく伝わっていたときの仏教です。

部派仏教とは、根本分裂を経た後の仏教です。

仏教は根本分裂で上座部と大衆部に二分し更に枝葉分裂を繰り返し数多くの部派に分かれます。

部派は、仏陀の神格化、仏陀の悟りは仏陀だけで仏陀以外では阿羅漢の悟りが最高とされ、出家至上主義、バラモン教やジャイナ教の要素の排除、仏教の独自性、優越性の強調に走ります。

国王の保護もあり、在家からの布施も大量に集まり、金貸しで大儲けもして、教団(サンガ)はとんでもなく富裕となっていきました。

各地に僧院が建てられ、食物は大量に集まってきますから世間に出ていって乞食、托鉢する必要もなくなり、ふらふら遊ぶ者や怠けてばかりの者か、僧院にひたすらこもって煩瑣な理論を構築する者が大部分となりました。

 

このような部派仏教の有り様に対し、『こんなものは仏陀の真意ではない!』と叫んで興ったのが、大乗仏教です。

その代表が法華経です。

ですから、法華経は失われた仏陀の真意の復興運動の代表作なのです。

大乗仏教は、少し前までは、仏塔を管理していた在家が興したとされていましたが、実際は出家者から興っています。

僧院でのサンガの有り様に嫌気がさした出家者が原始仏教の時代のように森林に棲んで修行に打ち込み、仏陀の真意をひたすら求めていきました。

これらの中から大乗仏典を作るものが現れます。

 

 

ところで、仏陀とその直弟子の時代の教えを最も正確に伝えているのは、私は、『テーラガーター』と『テーリーガーター』と思っています。

何故なら、仏陀の名前で後世、付加、脚色、創作されたものが溢れているからです。

有名人の名前を借りて後世に勝手に創作してしまうことは歴史上よくあることです。

仏陀の言葉とされているものに比べ、無名の弟子たちの言葉は付加や脚色が少なく、その時代の真実に非常に近いと考えます。

この意味で、『テーラガーター』と『テーリーガーター』は仏陀とその直弟子の時代の理法を知る上で極めて貴重です。

 

 

マハムドラーの詩

【マハムドラーの詩】
ティロパ(988~1069)

マハムドラーはすべての言葉とシンボルを超越せり
されどナロパよ、真剣で忠実なる汝のために
いまこの詩を与うべし

「空」は何ものも頼まず
マハムドラーは何ものにも依らず
また労せず
ただゆったりと自然であることによりて
人はくびきを打ち壊し
解脱を手の内にするなり

もし中空を見つめて何も見ず
そのとき心をもって心を観ずれば
人は差別を打ち破り
ブッダフッドに至るなり

空をさまよう雲には
根もなくまた家もなし
分別の思いの
心を漂いよぎるもまたしかり
ひとたび「自性心」の見らるることあらば
識別は止まん

空間に象と彩の生ずることあれど
そは黒白に染まらず
万物は「自性心」より出で
しかも心は善悪に汚さるることなし

長き時ふる暗闇も
灼熱の陽を覆うこと能わず
カルパにわたるサムサーラ(輪廻)も
「心」のまばゆい光を隠すことを得ず

「空」を説くに言葉の語らるることあれど
「空」そのものは表わされ得ず
”「心」は輝ける光のごとし”と言うも
そはすべての言葉とシンボルを超越せり
本質に於いて空なれど
「心」は万物を抱き、そして容るるなり

からだに於いては何もせずにくつろがせ
口を堅く結びて沈黙を守り
心を空しくして何ものも思わざれ
中空の竹のごと汝のからだをくつろがせ
与えずまた取らず、汝の心を休ませよ
マハムドラーは何ものにも執着せざる心のごとし
かくのごとく行ずるによりて
やがて汝はブッダフッドに至らん

真言、波羅蜜多の行
経文、訓戒の示すところ
宗門、聖典の教えも
甚深の真理の実現をもたらすことなし
欲望に満たされし心の
目標を追わざるを得ざれば
そはただ光を隠すのみなるがゆえに

いまだ識別を離れずしてタントラ教理を持する者
サマヤの精神にそむくなり
すべての行動を止め、すべての欲望を避けよ
あらしめよ、思考の
大海の波のごとく浮き沈むがままに
たえて無安住と
並びに無差別の原理をそこなわざる者
タントラ教理をささげ持つなり

切望を避け
かれこれに執着せざる者
聖典の真意を知るなり
マハムドラーに於いて、人の持つ一切の罪は焼かれ
マハムドラーに於いて
人はこの世の獄より解き放たれん
これぞダルマの至高の灯なり
そを疑う者
とこしえに不幸と悲しみにのたうつ愚者なり

解脱を目ざすにあたり
人はグルに依るべし
汝の心がその祝福を受くるとき
解放は間近なり

ああ、この世のすべては無意味にして
ただ悲しみの種子なるばかりなり
小さき教えは行ないへといざなえば
人はただ大いなる教えにのみ従うべし

二元性を越ゆるは王の見地
散乱を征服するは王者の行
行なき道こそすべてのブッダたちの道なり
その道を踏むもの、ブッダフッドに至らん

はかなきかなこの世
幻や夢のごと、そは実体を持たず
そを捨てて血縁を断てよ
欲望と憎しみの糸を切り
山林にありて瞑想せよ
労なくして
ゆったりと「自然なる境地」にとどまるならば
間もなく汝はマハムドラーにたどり着き
無達成なるものを達成せん

木の根を断たば葉は枯れん
汝の心の根を断たばサムサーラは崩れん
いかなる灯の光も一瞬にして
長きカルパの闇を払う
心の強き光ただ一閃なれど
無知なるヴェールを焼かん

心に執着せる者の
心を越えたる真理を見ることなく
ダルマを行ぜんと求むる者の
行を越えたる真理を見いだすことなし
心と行をふたつながら越えたるものを知らんには
人はきっぱりと心の根を断ち切りて
裸眼をもちて見つむべし
しかして人は一切の差別を打ち破り
くつろぎにとどまるべし

与えず、また取らず
人はただ自然のままにあるべし
マハムドラーはすべての容認と拒絶を越えたるがゆえに
もとよりアラヤの生ずることあらざれば
誰もそを妨げ汚すこと能わず
不出生の境界にありて
すべてのあらわれはダルマタへと溶解し
自己意志と傲慢は無の中に消滅せん

 

至高の理解は
かれこれの一切を超越し
至高の行為は
執着なくして大いなる機知を抱く
至高の成就とは
望みなくして内在を知ることなり

はじめヨーギは
おのが心の滝のごとく転落するを感じ
中ほどにてはガンガーのごと
そはゆるやかにやさしく流れ
ついに、そは大いなる海なり
息子と母の光がひとつに溶け合うところ

 

 

チベット仏教カギュ派の祖ティロパが弟子のナロパに与えた詩『マハムドラーの詩』にも

『真言、波羅蜜多の行
経文、訓戒の示すところ
宗門、聖典の教えも
甚深の真理の実現をもたらすことなし』とあります。

 

ナロパはインド仏教最高峰の学者、教授でした。

そのナロパにティロパは知識のすべてを捨てさせました。

 

 

『信仰を捨てよ』の意味

前回に

『初禅の『尋と伺』は、仏陀の理法である四諦十二縁起、四念処を言葉による思考によって徹底的に考察することです。

ヴィパッサナーは、サマタ瞑想で一境性に達して心を鏡にした後に、慧=俯瞰して観る智慧によって、実際の自分の肉体、感覚、思考、自我観念の生滅、苦、非我を刻々洞察することです。

そこに思考はなく、どのような思考でも、それが例え仏陀の理法に関する思考であったとしても、それが生滅、苦、非我とありありと慧によって観ることです。』

と書きました。

 

ヴィパッサナーにおいては、どのような宗教も信仰も哲学も、そして仏陀の理法でさえ、生じては滅する、我ならざるものと慧によって観じます。

仏陀が梵天勧請の後、初転法輪を決意した時に言った言葉、『信仰を捨てよ』の意味がここでわかります。

どのような宗教であれ、信仰であれ、哲学や思想であれ、ただの思考なのです。

浮かんでは消える思考にしか過ぎません。

宗教や哲学の本を何万冊読もうが何の意味もありません。

ただ自我を形成し強固にしているだけにしか過ぎません。

宗教や哲学の本をどれだけ読んだかを自慢することほど馬鹿馬鹿しいものはありません。

ただ自我を強め迷いの方向に行っているだけです。

 

どのようなものも筏にしか過ぎず、慧によって観ることができはじめたら捨て去るべきものなのです。

 

 

 

 

初禅とヴィパッサナーの違い

ヤマト
ですから、清浄道論から一度離れて、純粋に初期仏教に立ち返って検討してみる必要があります。 
ところで、釈尊の教えには三種の禅定があり、 それは「有尋有伺定・無尋有伺定・無尋無伺定」で瞑想の段階を示し、心の集中状態(サマディ)や思念・想念の細かさによって分類されています。
言葉の意味は、  
・尋(じん ):大まかに思考を働かせ、対象に向かう心の動きのこと。  
・伺(し) :細かく考察し、対象を深く熟考・観察する心の動きのこと。
 
特に「初禅」は有尋有伺定であり、対象に心を向け(尋)、深く観察している(伺)状態で、まだ言葉による思考や分析が残っているとされます。 つまり、初禅はヴィパッサナー瞑想になります。 なぜなら、ヴィパッサナー(正観)とは、対象に心を向け(尋)、深く観察している(伺)状態である、と言われますから。
それでは、どんな対象で、その対象の何を深く観察するのでしょうか? ちまたのヴィパッサナー瞑想では「様々な心の状態」や「身体の挙動」を対象に、ありのままの観察(気づき)やラベリング(確認)しながら観察する技術などが語られています。 本当にそれが釈尊が指導した正観(ヴィパッサナー)なのでしょうか? 疑問ですね。
ここで「正観」のヒントとして、長部経典第1経である「梵網経」のなかに頻繁に登場する言葉に注目したいと思います。
その言葉は、  
「比丘たちよ、如来は、もろもろの感受の、生起と消滅と、楽味と危難と出離を、如実に知って執着なく、解脱したのです。」
 
私は、この文中の、「楽味」、「危難」、「出離」の訓練(修習)こそが、正観(ヴィパッサナー)ではないかと考えています。
 この文脈を簡単に説明すれば、
 
1.楽味 = 受の味わい とは       
すべての受を縁として生じるところの楽しみ喜び(=渇愛)のことを意味します。       
(→これは苦の生起なり)
 ※これは「渇愛」が現前で生じていることを、リアルタイムに知覚として了知する(気づく)ということです。
 
 2.危難 = 受の禍い とは       
すべての受が無常・苦にして、移ろい変るものであることを証知するということ。       
(→これは苦の滅に到る道なり)
※これは「渇愛」を滅するための処方箋として、明らかな智慧(無常観・苦観・無我観・不浄観)を活用することを示唆しています。 
 
3.出離 = 受からの脱出 とは       
すべての受に対する欲の貪りを捨棄すること。      
 (これは苦の滅なり)
 ※「すべての受に対する欲の貪り」とは渇愛のことです。それを捨棄することは、苦の滅尽に他なりません。
 
これらの説明は「四聖諦」を感受(三受)という側面から、より具体的に、別の形で表現したものでもあり、 認識対象への「危難」を観察して、心の働きの悪しき反応や作用を修正・解消させるメソッド(方式)でないかと考えます。

 

 

 

 

極めて素晴らしい分析です。

下の方で言及したことに加えて、私なりの分析をします。

 

下の方で、サマタ瞑想の最上位である非想非非想処定を捨てた仏陀が何故同じサマタ瞑想の初歩である初禅が悟りへの道だと確信したのか、の答えは

第二禅以降にも無色界定にもなく、初禅にだけある『尋と伺』が慧に向かうために必要であったためとしました。

 

 

それでは

初禅の『尋と伺』とヴィパッサナーの違いは何でしょうか。

初禅の『尋と伺』は言葉による思考を使います。

ここにまだ慧は現れていません。

私たちが普段使っている思考によって仏陀の理法を徹底的に考察するのです。

ここがとっかかりとしてとても有難いことです。

仏陀は『筏』を用意してくれました。

クリシュナムルティは『真理には道はない』と言いました。

禅は不立文字です。

しかし、仏陀は筏を人類に残してくれました。

筏は岸に到達すれば捨て去るものではあっても、激流を渡るには必要なのです。

 

初禅の『尋と伺』は、仏陀の理法である四諦十二縁起、四念処を言葉による思考によって徹底的に考察することです。

ヴィパッサナーは、サマタ瞑想で一境性に達して心を鏡にした後に、慧=俯瞰して観る智慧によって、実際の自分の肉体、感覚、思考、自我観念の生滅、苦、非我を刻々洞察することです。

そこに思考はなく、どのような思考でも、それが例え仏陀の理法に関する思考であったとしても、それが生滅、苦、非我とありありと慧によって観ることです。

ここが全く違います。

 

 

この観点からすると、いま、さかんに言われているヴィパッサナーは本当に仏陀が言ったヴィパッサナーなのだろうかと思います。

慧も三明もなく、ただ言葉によるラベリングのどこがヴィパッサナーなのだろうと思います。

 

ヴィパッサナーには、俯瞰して観る慧が要るのです。

仏陀の理法を徹底思考することもなく、慧も現れないで、ただ『気づき』というメソッドだけが一人歩きしているのが、今の仏教です。

 

 

 

 

 

清浄道論では

ヤマト (124.143.129.212)    
ショーシャンク様 こんにちは、大和(ヤマト)です。
投稿内容を検討して頂きありがとうございました。
 
 >しかし、ここでどうしてもわからなかったのが、サマタ瞑想の最上位である非想非非想処定を捨てた仏陀が何故同じサマタ瞑想の初歩である初禅が悟りへ道だと確信したのか、ということです。
 >ここがわかれば、ひとつのイメージ(神仏や真理)に集中する瞑想や祈り、無念無想を目指す無思考の瞑想、感覚の気づきだけを重視するマインドフルネス、どれも仏陀の成道のときの瞑想とは違うのではないかと思えてきます。
 
 5世紀の学僧ブッダゴーサが著したテーラワーダ仏教の権威書「清浄道論」では、 「四禅定はサマタ瞑想である」という前提のもと、その構造が極めて厳密なマニュアルとして言語化されています。
「清浄道論」では、サマタ瞑想の対象として「40種類の瞑想対象(業処)を提示しています。
この書におけるサマタ瞑想の定義は、「これら40の対象のどれか一つに、心を一点集中させて微動だにさせないこと」です。 そして、その集中が深まるプロセスそのものが「四禅定」の階段であると説明されます。 つまり、四禅定とは「対象を切り替えることなく、ただ一つの対象に対する集中の純度を上げていく階梯」であり、この構造 自体が純粋なサマタ瞑想の定義に合致しています。
「清浄道論」のロジックでは、「尋・伺」がある初禅の段階は、サマタとしてはまだ「粗雑で不完全な状態」であり、 これらを完全に消し去った「無尋無伺(第二禅~第四禅)」の境地こそが、真に完成された純粋なサマタ瞑想(心の静止) の領域であると位置づけられているのです。
 内容を調べてみましたが、「清浄道論」という書物自体が、以下のように章をきれいに分けて構成されています。  
 
・第3~11章:「定(サマタ瞑想)」 = 四禅定を完成させて心を完璧な鏡にするパート  
・第12~23章:「慧(ヴィパッサナー瞑想)」 = その鏡を使って、物事の無常・苦・無我を観察するパート
 
 このように、「清浄道論」においては「四禅定のあいだは、余計な観察(ヴィパッサナー)をせず、 徹底的にサマタで心を不動にせよ」という方針をとっているため、「四禅定=サマタ瞑想」という 強力な定義が後世に定着することになったのでしょう。
しかし、「初禅」もサマタ瞑想であるとの考え方は疑問が残ります。なぜなら、サマタ瞑想も専門知識が高い釈尊が、 在家のときに、初禅の瞑想をしたことを思いだし、これが涅槃に至る道に違いないと思ったと語っていますから。
 ですから、清浄道論から一度離れて、純粋に初期仏教に立ち返って検討してみる必要があります。
ところで、釈尊の教えには三種の禅定があり、 それは「有尋有伺定・無尋有伺定・無尋無伺定」で瞑想の段階を示し、心の集中状態(サマディ)や思念・想念の細かさによって分類されています。
言葉の意味は、  
・尋(じん ):大まかに思考を働かせ、対象に向かう心の動きのこと。  
・伺(し) :細かく考察し、対象を深く熟考・観察する心の動きのこと。
 
特に「初禅」は有尋有伺定であり、対象に心を向け(尋)、深く観察している(伺)状態で、まだ言葉による思考や分析が残っているとされます。 つまり、初禅はヴィパッサナー瞑想になります。 なぜなら、ヴィパッサナー(正観)とは、対象に心を向け(尋)、深く観察している(伺)状態である、と言われますから。
それでは、どんな対象で、その対象の何を深く観察するのでしょうか? ちまたのヴィパッサナー瞑想では「様々な心の状態」や「身体の挙動」を対象に、ありのままの観察(気づき)やラベリング(確認)しながら観察する技術などが語られています。 本当にそれが釈尊が指導した正観(ヴィパッサナー)なのでしょうか? 疑問ですね。
ここで「正観」のヒントとして、長部経典第1経である「梵網経」のなかに頻繁に登場する言葉に注目したいと思います。
その言葉は、  
「比丘たちよ、如来は、もろもろの感受の、生起と消滅と、楽味と危難と出離を、如実に知って執着なく、解脱したのです。」
 
私は、この文中の、「楽味」、「危難」、「出離」の訓練(修習)こそが、正観(ヴィパッサナー)ではないかと考えています。
 この文脈を簡単に説明すれば、
 
1.楽味 = 受の味わい とは       
すべての受を縁として生じるところの楽しみ喜び(=渇愛)のことを意味します。       
(→これは苦の生起なり)
 ※これは「渇愛」が現前で生じていることを、リアルタイムに知覚として了知する(気づく)ということです。
 
 2.危難 = 受の禍い とは       
すべての受が無常・苦にして、移ろい変るものであることを証知するということ。       
(→これは苦の滅に到る道なり)
※これは「渇愛」を滅するための処方箋として、明らかな智慧(無常観・苦観・無我観・不浄観)を活用することを示唆しています。 
 
3.出離 = 受からの脱出 とは       
すべての受に対する欲の貪りを捨棄すること。      
 (これは苦の滅なり)
 ※「すべての受に対する欲の貪り」とは渇愛のことです。それを捨棄することは、苦の滅尽に他なりません。
 
これらの説明は「四聖諦」を感受(三受)という側面から、より具体的に、別の形で表現したものでもあり、 認識対象への「危難」を観察して、心の働きの悪しき反応や作用を修正・解消させるメソッド(方式)でないかと考えます。

 

 

 

ヤマトさん、こんにちは。

極めて重要な部分に入ってますね。

素晴らしい考察です。

これも長いので、少しずつ切って、私の考えも書いていきます。

 

⇓⇓⇓⇓⇓

初禅はサマタ?ヴィパッサナー?

「清浄道論」のロジックでは、「尋・伺」がある初禅の段階は、サマタとしてはまだ「粗雑で不完全な状態」であり、 これらを完全に消し去った「無尋無伺(第二禅~第四禅)」の境地こそが、真に完成された純粋なサマタ瞑想(心の静止) の領域であると位置づけられているのです。
 内容を調べてみましたが、「清浄道論」という書物自体が、以下のように章をきれいに分けて構成されています。  
 
・第3~11章:「定(サマタ瞑想)」 = 四禅定を完成させて心を完璧な鏡にするパート  
・第12~23章:「慧(ヴィパッサナー瞑想)」 = その鏡を使って、物事の無常・苦・無我を観察するパート
 
 このように、「清浄道論」においては「四禅定のあいだは、余計な観察(ヴィパッサナー)をせず、 徹底的にサマタで心を不動にせよ」という方針をとっているため、「四禅定=サマタ瞑想」という 強力な定義が後世に定着することになったのでしょう。
しかし、「初禅」もサマタ瞑想であるとの考え方は疑問が残ります。なぜなら、サマタ瞑想も専門知識が高い釈尊が、 在家のときに、初禅の瞑想をしたことを思いだし、これが涅槃に至る道に違いないと思ったと語っていますから。
 
 
私の最も疑問に思ったのは、仏陀は出家してすぐサマタ瞑想の最上位である無所有処定と非想非非想処定をマスターしたものの『解脱に赴かない』として捨て去り、6年間もの苦行の後に、サマタ瞑想の初歩である初禅が解脱への道だと確信して、苦行を止めて乳粥を食べた、ここです。
 
同じサマタ瞑想の最上位の非想非非想処定は駄目で、何故サマタ瞑想の初歩である初禅が悟りへの道なのか、です。
 
初禅がヴィパッサナー瞑想なのであれば、疑問もないですが、どう考えてもヴィパッサナー瞑想ではなく、サマタ瞑想の導入部分です。
 
私はその鍵は、尋と伺にあると思います。
尋と伺が仏陀の瞑想の最大の特徴なのではないかということです。
 
仏陀以外の瞑想、それまでのバラモン教の伝統的な瞑想は、神のイメージに集中するというものが主流だったと思います。
しかし、仏陀は、神や抽象的なイメージを瞑想するやり方では、涅槃にも、解脱にも達しない、と見極めたのでしょう。
無限の空間も、意識の無限の広がりも、無そのものも、思考が生じる本源も、どのような神、アートマン、ブラフマンを瞑想しようと、それはただの思考の枠内で一つのイメージに集中しただけであり、瞑想中には無我の感覚を得られて至福かもしれませんが、瞑想から起きて日常生活を始めたとたん、思考は絶対必要であり、『私』がむくむく起き上がって元の木阿弥になるだけと見極めたのです。
神への信仰に陶酔するのも同じことです。
 
サマタ瞑想では、禅定力はついたとしても、思考の枠内。
仮に、無所有処定のように、無念無想に集中するとしても、瞑想中は無思考となったとしても、瞑想から離れたらそれだけのこと、元の木阿弥だということを仏陀ははっきりと見極めたということでしょう。
 
サマタ瞑想の最上位である無所有処定と非想非非想処定では駄目で、サマタ瞑想の初歩である初禅が悟りへの、解脱への、涅槃への道だと仏陀が確信したのは、尋と伺が仏陀の成道には必要であったということです。
 
尋と伺は言葉、思考です。
それも、無色界定のような、形のない抽象的なイメージではなく、言葉という粗雑なものを使ったものです。
 
ここが面白い。
 
仏陀の理法と他の教えの決定的な違いは、ヴィパッサナーだと思います。
サマタ瞑想は、瞑想の主流であり、昔も今も瞑想と言えばサマタでしょう。
瞑想を説かない、祈りの宗教も本質はサマタだと思います。
神のイメージに没入することですから、サマタ瞑想と祈りには違いはありません。
 
かといって、いま、さかんに言われているヴィパッサナーですが、メソッドだけのマインドフルネスやラベリングがはたして仏陀が行ったヴィパッサナーなのか、疑問に思っています。
 
尋と伺の初禅はヴィパッサナーではありませんが、仏陀の法では、最初に徹底した尋と伺が必要なのではないかと思っています。
尋と伺で徹底的に仏陀の理法を思考すること、これが他と全く違う点ではないかと思うのです。
 
このような視点からみると、曹洞宗の黙照禅には尋と伺はありません。尋と伺は徹底的に排除されます。
臨済宗の公案禅は、黙照禅に比べると尋と伺が残っているのですが、禅の公案は仏陀の理法ではなく、考えても答えが出ないことを考え抜いて無思考に達する性質が大きいと思っています。
 
 
 
 
 

尋と伺

それでは、何故、仏陀は尋と伺を重要視したのでしょうか。

 

尋も伺も、初禅だけです。

第二禅以降では跡形もなく消えています。

しかし、仏陀は尋と伺によって最終的に一境性に達する初禅を重視したのです。

一境性であれば、非想非非想処定でも無所有処定でも一境性です。

 

尋と伺は、慧に方向づけ、つまり智慧に向けるために絶対に必要なのではないかと思います。

最初に尋と伺がない瞑想は、実は極めて危険なのです。

これは、宗教がほとんど言わないことですが、サマタ瞑想にしてもマインドフルネス瞑想にしても、智慧に振り向ける方向性がない場合、かえって人格的におかしくなったりサイコパスになったり気が狂うことがある一定数あることは、科学的にもよく知られていることです。

座禅道場や瞑想道場ではそのようなことはしょっちゅう起きているのです。

そこまで行かなくても、無気力になったり厭世的になったり鬱に近くなったりすることはよくあるようです。

 

サマタ瞑想の結果、無思考になったとしても、智慧に到達するどころか、真っ暗闇の虚無に堕ちていっていることもあるでしょう。

 

つまり、何の方向性もないまま一境性になってしまうと、智慧ではない世界に行ってしまうということです。

瞑想が進むと特に過去の記憶が涌き出てきますから、それらに引き摺られることは非常に多いことです。

 

サマタが進み、一境性になり、『鏡』となったとき、ヴィパッサナー=観=慧を持って洞察することができるかどうか、ここが最も重要なところでしょう。

 

天眼智を持って俯瞰して観るのでなければ、ヴィパッサナー=観ではない。

 

 

ここで最初の問いの、サマタ瞑想の最上位である非想非非想処定を捨てた仏陀が何故同じサマタ瞑想の初歩である初禅が悟りへ道だと確信したのか、に戻りますが、

第二禅以降にも無色界定にもなく、初禅にだけある『尋と伺』が慧に向かうために必要であったためだと考えています。

 

 

 

 

 

 

 

無所有処定と非想非非想処定を捨て去った理由

仏陀が出家してすぐ、師の元で無所有処定と非想非非想処定をマスターしたにも関わらず、それらの瞑想は涅槃にも解脱にも赴かないとして捨て去り、6年間苦行をした後で、初禅が解脱に至る道に違いないと思いつき、苦行を捨て乳粥を食べて初禅定に入っていき第四禅まで進んで智慧に心を振り向け、三明を得て悟った。その後、十二縁起を順逆観想して解脱した、この成道の場面ですが、ずっと疑問に思っていました。

結局、サマタ瞑想は思考の集中にしか過ぎず、どこまで行っても思考の束縛の世界内であるということ。

仏陀が説きはじめようと決意したとき、『信仰を捨てよ』と言った本当の意味がわかりました。

宗教も信仰も哲学もすべて思考の枠内だけのこと。

このことを徹底的に見極めたのが、後世なら臨済であり普化であったのです。

 

しかし、ここでどうしてもわからなかったのが、サマタ瞑想の最上位である非想非非想処定を捨てた仏陀が何故同じサマタ瞑想の初歩である初禅が悟りへ道だと確信したのか、ということです。

 

ここがわかれば、ひとつのイメージ(神仏や真理)に集中する瞑想や祈り、無念無想を目指す無思考の瞑想、感覚の気づきだけを重視するマインドフルネス、どれも仏陀の成道のときの瞑想とは違うのではないかと思えてきます。

慧解脱

ヤマト

それでは、「四梵住」・「四無量心」と「四禅」との関係はどうなのか?

バラモン教(後のヨーガ学派など)と初期仏教は、ともに「四禅」という四段階の瞑想ステップを共有しています。心の静め方や段階ごとの
精神状態(思考が消え、喜びが消え、最後は純粋な平静さに至るプロセス)のメカニズム自体はほぼ同じだと言われています。
しかし、「四禅を何のために、どう位置づけて使うか」という目的と役割には、決定的な違いがあるようです。
では、その違いを見てみましょう。

四禅の着地点
バラモン教(ヨーガなど) → 第四禅でもアートマンが残っている。
初期仏教 → 第四禅で執着(煩悩)の炎が完全に消え去る、慢・無明の滅尽。

四禅の位置づけ
バラモン教(ヨーガなど) → それ自体が最終ゴールへの道(ブラフマンとの合一・梵天同居・生天)。
初期仏教 → あくまで煩悩を滅するための手段(解脱・涅槃の追求)。

また、梵天の世界には寿命があります。一劫とも二劫とも、最長で五百劫とも言われますが、最後には寿命を迎えて輪廻の世界に落ちます。
「天人五衰」という言葉があるように六道最高位の天界に住む神々も長寿の末に死を迎えるのです。

 

ここで、初期仏典における「慧解脱」の存在についてお話ししたいと思います。
初期仏典には、「慧解脱者」と呼ばれる聖者たちが登場します。彼らは、想受滅定や無色界定のような驚異的な超能力・深いトランス状態(心解脱)を
マスターしていません。
四禅の基本的な修習から、ブッダの教えを聞いて「智慧(ヴィパッサナー)」の力だけで煩悩を滅ぼし、解脱した人たちです。
パーリ仏典の相応部 第十二 「因縁相応」スシマ経(須深経/SN 12.70)に、深い瞑想を体験していない修行者が「私たちは無色界の禅定も超能力も持って
いませんが、解脱しました」と語り、ブッダもそれを「彼らは智慧によって解脱したのだ」と認めるエピソードがあります。
つまり、初期仏教では神通力の有無や神秘体験は悟りの本質・必須条件ではないという点が明確にされるのです。
基本的には第四禅までの修習で十分に解脱できると考えられるのです。

それではなぜ四禅以上のさらに深い精神領域である無所有処や非想非非想処を修習したのか?

一般にサマタ瞑想だけでは、どんなに深く素晴らしい瞑想に入っていても、それは「一時的な麻酔」のようなものに過ぎないと言われています。
瞑想を終えて日常生活(出定)に戻ると、やはり肉体は老い、病み、心には微細な不安や不満が頭をもたげます。
つまり、苦しみの根本原因が消えていないのです。
ですから、禅定を高めるには最高の瞑想なのですが、あくまでもその目的だけのために、「道具」として使うだけに留めたのではないでしょうか。
また、ヴィパッサナー瞑想の後に一時的にサマタ瞑想に切り替える場合は、心を休めるには有用な用い方だと昔誰から聞いたことがあります。

 

 

ヤマトさん、こんにちは。

非常に深い洞察ですね。

確かに仏教では、色界定が非常に重要視されるように思います。

 

スシマに、禅定も超能力もないのに、どうやって解脱したのか」と問われた際、仏陀はこう答えます。

「まず法住智があり、その後に涅槃智があるのだ」

 

法住智(dhamma-ṭṭhiti-ñāṇa)とは、十二縁起や無常・苦・非我をありのままに観察・解明する覚知(ヴィパッサナー)です。

色・受・想・行・識の五蘊が「無常・苦・非我」であること、そして十二縁起の法を、深い禅定力を必要としない観察によって見抜きました。その観照の智慧(法住智)によって煩悩が滅尽し(漏尽智)、解脱へと至ったのです。

 

仏陀が修行の最初期において、無色界定を捨て去ったのは、無色界定が無限に広がる意識や無限の空間、無そのもの、思考が発生する根源などの抽象的、形而上的な概念に集中するものであり、ブラフマンに集中するバラモン教の瞑想そのものであり、ひとつの『想』に集中できて禅定力はついたとしても、思考の枠内にしか過ぎず、それでは涅槃、解脱に達しないと見極めたからだと思われます。

 

法住智とは、四諦、十二縁起、三相(無常、苦、非我)を観じる智慧で、涅槃智とは漏尽智でしょう。

 

思考が非我つまり私ではないこと、私のものではないこと、私の本体ではないことを観じ、生じては滅するだけ(無常)のものであり、苦であり(四諦)、苦の集積に行き着くもの(十二縁起)であると見極めることでしょう。

 

 

 

 

 

四梵住について

ヤマト

まず、「四梵住」と「四無量心」からまとめてみます。
四梵住の修習は初期仏教以前つまりバラモン教の時代から存在していました。仏教がゼロから作った完全オリジナルの教えではありません。
「四梵住」を仏教用にアップデートしたものが「四無量心」だと考えます。基本的には同じように見えますが異なっています。

当時のバラモン教(特にウパニシャッド哲学の時代)では、世界の根本原理である「ブラフマン(梵)」や最高神「梵天」と一体化すること(梵我一如)が
最高峰の修行目的でした。そのために、神のように清らかな徳(慈しみや平穏など)を心に育てる瞑想が、聖者や修行者の間で行われていました。
後にバラモン教の系譜を引き継いでまとめられたヨガの根本聖典『ヨーガ・スートラ』(第1章33節)にも、仏教と全く同じ
「慈・悲・喜・捨(マイトリー、カルナー、ムディター、ウペクシャー)」を修めて心を澄ませるアプローチが記されています。

それではなぜ釈尊はこの教えを採用したのか? ヒントは三明経(パーリ仏典の長部 第十三経)の中にあるエピソードを読めば想像がつきます。
つまり、ブッダの生きた時代、バラモンたちは「梵天の国に生まれたい」と願いながらも、その具体的な方法(心の変革)を見失い、形式的な
儀礼や祈祷ばかりに頼っていました。そこでブッダは、「伝統的なバラモン教の言葉(梵住=梵天のような清らかな境地)をそのまま使い、彼ら
が受け入れやすい形で「本当の心の修行」を教えたのです。

釈尊は既存の「四梵住」をそのまま取り入れただけでなく、仏教独自の思想によって決定的なバージョンアップを施しています。

では、バラモン教の思想との最大の違いを見てみましょう。

仏教以前のバラモン教の最終目的 → 死後に「梵天の世界」という良い場所に生まれ変わること。
釈尊が示したアップデートの最終目的 → 苦を滅尽し、輪廻のサイクル(迷いの世界)そのものから完全に脱出する「解脱・涅槃」。

バラモン教のアプローチ → 慈悲喜捨の心で神と一体化する(サマタ瞑想の完成)。
釈尊が示したしたアプローチ → 慈悲喜捨の瞑想で心をクリアにし、ヴィパッサナー瞑想(無常・苦・無我を用いた観察)に繋げて煩悩を滅ぼす。

つまり、仏教以前の四梵住は「天国(梵天界)に行くための善行・瞑想」でしたが、釈尊はそれを「究極の悟り(智慧)を開くための、最高のステップ」へと
生まれ変わらせたのです。
釈尊は当時のインドに古くからあった優れた瞑想の伝統を否定せず、むしろ彼らの土俵に乗った上で、自らの「解脱の教え」へと変換したのです。

また、釈尊は「在家信者への理想的な幸福」の提示に「生天の教え」を説いています。これは、いきなり「全てを捨てて解脱を目指せ」と言われても
ハードルが高すぎるため、在家のまま優れた美徳(四梵住)を実践することで、死後に最高級の幸福がある世界(梵天)へ行けると説きました。
在家向けの段階的な指導(対機説法)の柱だったと考えます。

 

 

この考察は三明経に基づいているのですね。

ただ、私は同じ三明経によっても結論が少し違います。

三明経では二人のバラモンが、どちらの師匠の教えや修行法が本当に梵天に至れるかを議論していたということですね。

仏陀はその二人に、その二人の師匠や歴代のバラモン達で梵天に達した者はいるかを聞きます。

いないのです。

そこで仏陀は、本当に梵天に至る道として、四梵住を説きます。

このことからわかることは、それまでのバラモン教には四梵住という実践法はなかったということです。

もしあったのなら、梵天界に生まれる人がいたはずですから。

 

バラモンたちが言っていた『梵天』とは、ブラフマンです。

つまり、最高神であり根源です。

仏陀も『最高の境地』という意味合いで言っていたと思います。

ところが、仏陀の死後は、バラモン教の神や概念がどんどん下に置かれるようになりました。

最初期の仏典には仏陀をバラモンとか仙人とか呼んでいたのですが、時代が下がると尊師となっていきました。バラモン教の言葉を排除していきました。

梵天は最高神から色界最下層の神となっていきました。

 

仏教では、四梵住=四無量心の瞑想では、色界最下層には達しても、解脱はできないとされていきました。

 

しかし、バラモンたちも仏陀も『梵住』という言葉で示したかったのは最高の境地だということです。

これは、布喩経で明かされていると考えています。

ヤージュニャヴァルキヤとマハーヴィーラ

ヤマトさん、こんにちは。

 

詳しい解説、ありがとうございます。かなり長いので、まずは、前半の四梵住について、私の考えを書きます。

 

仏陀以前のバラモン教では、慈(マイトリー)・悲(カルナー)・喜(ムディター)・捨(ウペークシャー)という個々の言葉はあったにしても、ブラフマンに近づく実践法というものではなかったと思います。

『ヨーガ・スートラ』は仏陀よりはるか後世の著作であり、仏陀が説いた四梵住=四無量心が実践法としてそのまま書かれていますので、いかにその時代には仏教の影響力が大きかったかがわかります。

 

「生きとし生けるものへの友愛(マイトリー)」や「悲しむ者への同情(カルナー)」という心構え自体は、仏陀以前のジャイナ教において、アヒンサー(不殺生)の根本として実践されていました。

それを受けて、梵住=ブラフマンの住所=ブラフマンの境地=最高の境地という意味で、仏陀が四梵住として説きました。

しかし、その仏教も、仏陀の死後、自分たちの教えの優位性、独自性が極端に強調されバラモン教的な要素の排除に向かいます。これはどの宗教でも起こりがちなことです。『自分の師匠が唯一無二』という考えですね。

ブラフマーは最高神、梵住は最高の境地という意味だったのですが、梵天は色界最下層の神、四梵住は梵天の住む色界最下層の天に生まれることができるだけの実践法と貶められていきました。

 

このあたり、バラモン教、ジャイナ教、仏教のお互いの影響を正確に把握して初めて仏教の全貌が明らかになると思っています。

今までの仏教者は、あまりにも、バラモン教やジャイナ教を軽視または敵視し、それらの仏教への影響を全く無視してきました。

 

私は、ヤージュニャヴァルキヤとマハーヴィーラが仏陀や仏教に与えた影響はものすごく大きいと思っています。

 

ヤージュニャヴァルキヤがすべての始まりです。

それまでのバラモン教は祭祀の宗教でした。

祭祀を司るバラモン階級が祭祀によって衆生を天に生まれさせるという宗教でした。

ヤージュニャヴァルキヤは祭祀でなく知識(ブラフマンを知ること)によってのみ救われると説きました。

一大転換です。

ヤージュニャヴァルキヤによってバラモンという祭祀階級以外も知識によってブラフマン=最高の境地に到達できるということになり、サマナ、自由思想家たちが湧き出てきました。

仏陀もその中のひとりです。

ジャイナ教のマハーヴィーラもその中のひとりです。

マハーヴィーラは苦行によってのみカルマ(業)が焼き尽くされて解脱に至るという思想でした。

仏陀はこの影響で6年間苦行に打ち込みました。

断食行と止息行です。

 

 

 

 

 

縁起法頌について

ヤマト (124.143.129.212)    
ショーシャンク様 こんにちは、
大和(ヤマト)と申します。
昨年の投稿からはや一年以上が経ちました。
その間、継続的にこちらのサイトの記事を読ませていただいていつも認識を新たにしております。
最近の記事では「AIとの縁起に関する対話」はとても興味深い内容でした。
ショーシャンク様の締めくくりの言葉、
 1.AIには、悟りを目指そうとする菩提心がない。
 2.ただの膨大な知識の集積を整理し結論付けるだけ。
 3.現代の仏教の説明が悟りへと向かうものかどうかはAIは関心がない。 つまり、
 4.思考がただの道具であると同じく、その集積であるAIもただの道具。
5.AIの回答は間違いだらけ、なぜなら世間の通説が間違っているから。
6.ゆえに、道具であるAIも信用しないことが肝要である。
 
この5.の「世間の通説が間違っているから」が大問題なんですよね。
例えば、龍樹が説いた『縁起』『空』『無我』が仏教の根幹だと思われている点です。
その実例も示しながら問題点を指摘された記事はとても圧巻でした。 特に、仏教で最も重要な「縁起」の説明が完全に間違った内容で流布されるいる点です。 例えば、ネットで「縁起」を検索すれば大抵次のような内容が返ってきます。
 1.すべての物事がさまざまな原因(因)と条件(縁)が重なり合って起こるという、仏教の根本的な教えです。
2.他との関係が縁となって生起するということ。全ての現象は、原因や条件が相互に関係しあって成立している   ものであって独立自存のものではなく、条件や原因がなくなれば結果も自ずからなくなるということを指す。
3.すべての事象は因(原因)と縁(条件)によって生じ、如来はその因と、さらにそれが滅することを説かれた。
 
 つまりは、これでは「縁起」とは因果関係や相互依存関係だけのことだと誤って理解されかねないのです。
 はたして、釈尊はこの程度の内容を説かれたのでしょうか? 
わたしはずっと疑問に思ってきました。
 ショーシャンク様は既にこの件について解答を出しておられますが、今回、私は別ルートからそれを補佐したいと思います。
「縁起法頌(えんぎほうじゅ)」という「縁起」の法を要約した有名な偈頌あります。 これは、パーリ律(律蔵)の『大品』に記述されています。
『大品』の後半に、ブッダの二大弟子となるシャーリープトラ(舎利弗)とモッガラーナが出家するエピソードにおいて、仏教における 「縁起」の本質を美しく要約した有名な偈が登場します。
 馬勝(アッサジ)比丘がシャーリープトラに対して、ブッダの教えを次のように伝えます。
「Ye dhamma hetuppabhava、 Tesam hetum tathagato aha; Tesanca yo nirodho、 Evamvadi mahasamano」 <パーリー語のST表記ができないのでローマ字表示のみです>
アッサジ尊者がこの偈を唱えただけで、ウパティッサ(後のサーリプッタ尊者)は預流果となったと解説されています。 この偈頌の漢訳と日本語訳は一般的に次に示すようです。(Google検索)
 漢訳:「諸法従縁起 如来説是因 諸法従縁滅 又説是大沙門」
 日本語訳:「すべての事象は因(原因)と縁(条件)によって生じ、如来はその因と、さらにそれが滅することを説いた。これこそが大沙門(仏陀)の教えである」
 
ここに既に問題点が表れています。 「hetuppabhava」を「事象は因(原因)と縁(条件)によって生じ」となっていますが、正しい訳なのでしょうか? 外国のサイトなどを検索して調べたらたら次のことが判明しました。
 「hetuppabhava」は「 hetu」、「pa」、「bhava」の組み合わせ語で、それぞれ「原因」、「繰り返し」、「存在」を意味します。 つまり、ヘトゥッパバヴァーと は「繰り返し生まれる原因、あるいは輪廻転生の過程を維持する原因」という意味であり、 また、「ye dhamma hetuppabhava」とは、「 輪廻転生の過程、すなわちサンサーラを支える法 」という意味だというのです。 サンサーラ(輪廻)を支える法とは大枠で十二縁起も入りますよね?
「縁起法頌」の別訳
英訳:
“Whatever dhamma (which are kamma bija) that give rise to the rebirth process, causes for those to arise have been declared by the Buddha;     he has also explained how those causes can be stopped from arising (and thus end the rebirth process).”
日訳:
「再誕(輪廻)のプロセスを生じさせる法(すなわち業の種子)について、仏陀はその生起の原因を説き明かされました。     また、それらの原因が生じるのを止める方法(それによって再誕(輪廻)のプロセスを終わらせる方法)についても説かれています。」
 
ここまでを読めば現在の「縁起」の説明がいかにいい加減なものかがよくわかります。
 ※ 下記サイトを参照しました。訳に kamma bija = 業種子 が出てきますが、これについては下記サイトをお読みください。 https://puredhamma.net/living-dhamma/transition-to-noble-eightfold-path/ye-dhamma-hetuppabhava-and-yam-kinci-samudaya-dhammam/

 

 

ヤマトさん、こんにちは。

その通りですね。

今の仏教の解釈は仏陀の真意とは全く違います。

仏陀の正しい教えは消滅してしまったのです。

それは、仏陀が予言しています。

贋金が現れるときに本物の金は消滅する、と。

似て非なる教えが席巻するとき、仏陀の正法は消滅してしまう、と。

 

『縁』は条件などではありません。直接原因、根本原因です。

縁起の意味も全く違います。

 

今のいわゆる『仏教』は龍樹が宗祖です。

縁起もただの存在論になってしまった。

 

仏陀の真意は歴史の堆積物に埋もれてしまったのです。

今こそ、仏陀の真意を甦らせないといけないと思います。

 

 

 

 

 

Ye dhammā hetuppabhavā 

tesaṃ hetuṃ tathāgato āha,

tesañca yo nirodho

evaṃvādī mahāsamaṇo.

 

因によって生起する諸々の法について、
 
それらの因を如来は説かれた。
 
それらの滅を説かれた。
 
大沙門はこのことを説きたもう者である。
 
  • Ye dhammā hetuppabhavā: 因から生じる諸々の法について

  • tesaṃ hetuṃ tathāgato āha: 如来はその因を説かれた

  • tesañca yo nirodho: そして、それらの滅についても(説かれた)

  • evaṃvādī mahāsamaṇo: 大沙門(ブッダ)はこのように説く者である

 

 

竹林精舎の期、王舎城(ラージャガハ)で托鉢をしていた初期五比丘の一人・アッサジ(馬勝)尊者の威儀堂々とした姿に感銘を受けたウパティッサ(後のサーリプッタ)が、「あなたの師は誰で、どのような教えを説いているのか」と尋ねます。

 アッサジ尊者は「私は出家して間もないため、詳しく法を説くことはできませんが、要点をお伝えしましょう」と前置きした上で、この四句の偈(縁起法頌)を唱えました。

偈を聞いた瞬間、ウパティッサに

「生起するものはすべて滅するものである

(yaṃ kiñci samudayadhammaṃ sabbantaṃ nirodhadhamman)」

という清浄な法眼(法眼生:法を見極める眼)が生じ、

第一段階の悟りである預流果(スダーパン)に達しました。

 

 

仏陀のいう縁起とは十二縁起のことです。

この世界に『流れ出る』原因のことです。

如来はその滅を説きたもう。

縁の滅を説いたのが仏陀です。

 

無明によって生起した諸法は必ず衰滅する。

生じては滅することを永遠に繰り返している。

仏陀はそれをありありと見て、その全体を苦=dukkha と見極めたのです。

 

これこそが仏陀の真意です。

 

仏陀の真意は、歴史の堆積物に深く埋もれたままです。