三十七菩提分法

これから、今までこのブログで書き溜めてきた文章の中で、原稿に採用できそうなものをまとめていきたいと思います。

順次、加筆訂正していきながら、自分の中の考えもまとめていきたいと思います。

                    

まず、三十七菩提分法から。

 ↓↓↓

 

 

四念処・四正勤・四神足・五根・五力・七覚支・八正道の七科三十七菩提分法は重なっている項目が非常に多いですね。
特に、念・精進・定は七科のほとんどに出てきます。

私は、四諦の集諦滅諦は十二縁起の順観逆観だと思っていますので、四諦十二縁起は一体です。

七覚支は、念⇒択法⇒精進⇒喜⇒軽安⇒定⇒捨 です。
私は、念は四念処、精進は四正勤、定は四神足、捨は四無量心の完成と捉えて瞑想しています。

ですから、実際の瞑想の順番は
四諦十二縁起⇒四念処⇒択法⇒四正勤⇒喜⇒軽安⇒四神足⇒四無量心 です。


この瞑想を繰り返すことによって初めて八正道の正見=正見解(sammā‑diṭṭhi)が生じる。

それまでは、人間はすべて顛倒夢想しているのであり、顛倒した見方=邪見解しかできません。

これら仏陀の理法を瞑想することにより初めて八正道の正見が生じるのです。
その正見=正見解(sammā‑diṭṭhi)を基に日常生活で八正道を行なう、という順番です。

 

このうち、喜と軽安は、四念処・択法・四正勤の結果として身心に生じるものと考えています。
つまり、喜(pīti)が生じて、心も身体も軽くなる感じですね。


軽くなったときに定(samādhi)が生じる。

 

 

続きですが
十二縁起の瞑想にしても三十七菩提分法にしてもすべて私独自の解釈ですので
役には立たないとは思いますが、一応。

 

十二縁起に関しては、無明から五蘊を集めようとする潜在力というか意志がはたらき
実際に五蘊を仮合させ感覚器官が生じ、外物に触れることによって感覚が生じ
それが好き嫌いなどを生じて自我が形成されることを解き明かしたものだと考えていますので
そのありさまをまざまざと観じます。

 

 

まず、この解釈の行き着いたのは、仏典『ウダーナヴァルガ』(感興のことば)の次の文が鍵となりました。

 

『四念処を楽しみ、またさとりを得るためのよすが(七覚支)を楽しみ、』

『四神足と八つの部分よりなる道(八正道)を楽しむ』

 

仏陀のこの言葉により、四念処⇒七覚支⇒四神足⇒八正道

という順番に意味があるのではないかと考えたのです。

 

また、ダンマパダの『覚りのよすがに心を正しくおさめ、執着なく貪りを捨てるのを喜び、煩悩を滅ぼし尽くして輝く人は、現世において全く束縛から解きほごされている』という言葉から、覚りのよすが=七覚支はかなり構成の中心ではないかと考えました。現に、七覚支は、念⇒択法⇒精進⇒喜⇒軽安⇒定⇒捨 ですから、七科三十七菩提分法の中の、四念処と四正勤(精進)と四神足(定)が出てきます。

 

 

ここで、七科三十七菩提分法を整理します。

七科三十七菩提分法は、七つの種類の瞑想のことで、

四念処・四正勤・四神足・五根・五力・七覚支・八正道

の7つからなります。

七種類の瞑想法なので七科、この項目を全部足せば三十七ありますので三十七菩提分法といいます。

 

 

【四念処】

1、身念処  身は不浄であると観じること

2、受念処  受は苦であると観じること

3、心念処  心は無常であると観じること

4、法念処  法は非我であると観じること

 

【四正勤】

1.断断   いまだ生じていない悪を生じさせないように努力する。

2.律儀断  すでに生じた悪を断滅するように努力する。

3.随護断   いまだ生じていない善を生じさせるように努力する

4.修断    すでに生じた善を増長させるように努力する。

 

【四神足】

1、欲神足  意識を集中統一しようとする強い意欲を持つ。

2、精進神足 四正勤(悪を断じ善を生じさせる努力)に意識を集中統一する。

3、心神足  四正勤の結果、真理の観念などの善なるものの想像に意識を集中する。

4、慧神足  真理の観念への集中により得られた智慧に意識を集中する。

 

【五根】

1、信根   仏法僧(三宝)への絶対の信頼。
2、精進根  仏法僧の法(理法)をもとに、理法に反する想い(悪)を断じ、理法に沿う想い(善)を生じさせる努力をする。
3、念根   仏法僧の法(理法)をもとにした『意識的に繰り返す想い』。  
4、定根   仏法僧の法(理法)をもとにした精神集中。
5、慧根   精進⇒念⇒定により、顛倒夢想が正しい見解(智慧)となること。

 

【五力】

1、信力   信根(基礎能力)を深めて行って内外の力となった完成形。
2、精進力  精進根(基礎能力)を深めて行って内外の力となった完成形。
3、念力   念根(基礎能力)を深めて行って内外の力となった完成形。
4、定力   定根(基礎能力)を深めて行って内外の力となった完成形。
5、慧力   慧根(基礎能力)を深めて行って内外の力となった完成形。

 

【七覚支】

1、念覚支
2、択法覚支
3、精進覚支
4、喜覚支
5、軽安覚支
6、定覚支
7、捨覚支

 

【八正道】

1、正見
2、正思
3、正語
4、正業
5、正命
6、正精進
7、正念
8、正定

 

 

【四念処の私的解釈】

1、身念処  身は不浄であると観じること

2、受念処  受は苦であると観じること

3、心念処  心は無常であると観じること

4、法念処  法は非我であると観じること

 

身とは肉体です。受とは肉体の感覚です。心とは思考です。法とは、観念です。

眼耳鼻舌身意の対象物を色声香味触法といいます。眼耳鼻舌身意を六根、色声香味触法を六境といいます。眼という感覚器官の対象は色(形)です。耳は声を、鼻は香を、舌は味を、身体の触覚は触れるものを、そして意識は考える対象を、その対象としてます。ですから、法とは、イメージ、記憶ということです。

四念処は、肉体を不浄と観じ、感覚を苦と観じ、湧き上がる思考を無常と観じ、イメージ・記憶を非我と観じます。

自分の美しい肉体をなぜ不浄と観じなければならないかと思う人もいるでしょう。しかし、肉体が美しいというのは人類の幻想です。それは異性の気を惹くため、あるいは対外的に良く扱われたいため起きた幻想です。その幻想を維持するために夥しい化粧品や香水、衣服などが作られました。

しかし、ありのままに見ると、身体のあらゆるところから排せつ物が出ています。どんなに頑張っても、年を取るたびに劣化していきます。死体になると、どんどん腐っていきます。それがありのままの肉体です。

 

肉体の感覚が苦であるというのはどういうことでしょうか。感覚には、苦もあれば楽(快感)もあり、苦でも楽でもない感覚もあります。苦受(苦痛の感覚)が苦であることは当然分かります。棒で強く殴られたら痛いですし苦ですね。これを苦苦といいます。楽受(快感の感覚)は心地よいですね。美味しいものを食べたり、異性に触れたりする楽受は望ましいものでしょう。しかし、楽受の対象は永久ではなく、壊れたり、離れたりします。愛着する対象が壊れるとき苦に変じます。これを壊苦といいます。それ以前に美味しいものを食べて楽受なのはほんの一瞬です。ある量を超えると苦しみに変じます。苦でも楽でもない非苦非楽受も、感覚器官の衰え老化によって苦に変じます。これを行苦といいます。

このような説明よりも、受(感覚)が苦であるもっと直接的な理由は、感覚が束縛だからです。否応なく感覚しなければならないのです。強く殴られたらどんなに感じないようにしようと思っても痛みを感じてしまいます。一点に固定化されてしまう。束縛であり苦しみです。

心は無常であること。これは、湧き上がる思考を見ればわかりますね。とりとめのない思いが次々に湧いて出ます。外部からの刺激によって記憶の束が反応するのです。つまり受(感覚)によってとりとめのない想いが生じては消えます。連想であったり、前にその人から受けた良いあるいは悪い経験であったり、です。眼で見るもの、耳で聞くものは次々に入ってきますから、思考も瞬瞬その都度反応していき、とめどもない思いが毎日大量に湧き上がるままになっています。外部からの刺激が変わればまた違う思考が出てきますから、コロコロ変わって無常です。

法が非我であること。つまり、これまで積み上げてきた記憶の束や、積み上げてきた観念、イメージを私ではないと観じること、これは、四念処観で最も難しい観法なので一番最後に来ています。この観法を実感するためには、十二縁起を理解する必要が出てくるかもしれません。これは後で説明します。

 

四念処は、身、受、心、法につき、不浄、苦、無常、非我をそれぞれ観じる瞑想法ですが、つまるところは、非我を観じていくのです。不浄であり苦であり無常であるというありのままのリアリティを洞察して、それらへの執着、愛着、自己同化から離れ、厭離の心を生じさせ、身・受・心・法につきどれも私ではないということを徹底させるのです。

仏陀は、四念処観は涅槃に至る一乗道だと言いました。

また仏陀は、四念処が自帰依法帰依(自燈明法燈明)の内容としています。

 四念処観だけ徹底していけば涅槃に至るものであり極めて重要な瞑想法です。

 

 

さて、ダンマパダの

覚りのよすがに心を正しくおさめ、執着なく貪りを捨てるのを喜び、煩悩を滅ぼし尽くして輝く人は、現世において全く束縛から解きほごされている

という仏陀の言葉ですが、この中の『覚りのよすが』という語句がキーワードです。

『覚りのよすが』とは、三十七菩提分法のことであり、そして七覚支のことであると考えます。

つまり、七覚支は三十七菩提分法の要約、短縮形、あるいは中核ではないかということです。

 

七覚支は、念⇒択法⇒精進⇒喜⇒軽安⇒定⇒捨 です。

そして、七覚支の中の、念は四念処、精進は四正勤、定は四神足、捨は四無量心です。

そうすると

四念処⇒択法⇒四正勤⇒喜⇒軽安⇒四神足⇒四無量心

となります。

こまかくしていくと

身念処⇒受念処⇒心念処⇒法念処⇒択法⇒四正勤⇒喜⇒軽安⇒欲神足⇒精進神足⇒心神足⇒慧神足⇒四無量心

 

四念処の最後、法念処は、私の解釈では、積み上げてきた記憶の束や観念の束が私ではないと観じることです。

『法』という言葉は、①真理 ②観念 ③事物 と、大きく分けて3つの意味があり、どれを取るかによって意味が全く違ってきます。仏教の解釈が混とんとしているのも、頻繁に使われていて極めて重要な『法』という言葉に全く違う意味があるからです。

七覚支の 念⇒択法⇒精進 も、その『法』の意味をどうとらえるかで解釈は全く違うものになっています。

択法の私の解釈は、法(観念)が真理(無量)に合っているかどうかを選択することです。

法念処は、積み上げてきた法(観念・記憶)のことです。

その積み上げてきた五官の記憶の束は、『私という中心』を形成し、無量から離れさせています。真理に触れたことのない人はほとんどすべて積み上げてきた観念・記憶は無量と反対のものです。真理に触れたことのある人に限りほんの少し無量に沿った観念があるくらいです。択法とは、無量に反する観念・記憶の束を捨て、無量に沿う観念を選択することです。

次の精進は、四正勤です。『いまだ生じていない悪を生じさせないように努力する。すでに生じた悪を断滅するように努力する。いまだ生じていない善を生じさせるように努力する。すでに生じた善を増長させるように努力する。』ということです。

ここでいう善、ここでいう悪とは何でしょうか。善とは、真理(無量)に沿った考え・観念のことで、悪とは真理(無量)に沿わない考え・観念のことです。

ということは、 『いまだ生じていない【無量に沿わない観念】を生じさせないように努力する。すでに生じた【無量に沿わない観念】を断滅するように努力する。いまだ生じていない【無量に沿う観念】を生じさせるように努力する。すでに生じた【無量に沿う観念】を増長させるように努力する。』となります。

 

つまり、法念処や択法で、自分の中に積み上がった観念を総点検して、真理(無量)に沿った観念と沿わない観念に分けて、『いまだ生じていない【無量に沿わない観念】を生じさせないように努力する。すでに生じた【無量に沿わない観念】を断滅するように努力する。いまだ生じていない【無量に沿う観念】を生じさせるように努力する。すでに生じた【無量に沿う観念】を増長させるように努力する。』のです。

この解釈で初めて、七覚支の 念⇒択法⇒精進 がつながります。これ以外の解釈では、念⇒択法⇒精進 が意味のないものとなってしまいます。

 

そして、念⇒択法⇒精進 を進めていけば、無量に沿う観念が増えていくため、喜が生じます。心の中で大多数を占める『無量に沿わない観念』を断滅していきますから、心も身体も軽くなって落ち着いていきます(軽安)。『無量に沿わない観念』とは、貪瞋痴の三毒のどれかなので、あればあるほど重く苦しくなっていくものだからです。

 

ここまでで、念⇒択法⇒精進⇒喜⇒軽安 です。

 

軽安の次は定(samādhi)です。

定(samādhi)とは、四神足です。

念⇒択法⇒精進 は心の大掃除で、今まで積み重ねてきた膨大な誤った観念を徹底的に除去していきます。心も身体も軽くなって初めて、集中することができます。集中しようとする強い意欲が湧きます。これが欲神足です。

欲神足⇒精進神足⇒心神足⇒慧神足

1、欲神足  意識を集中統一しようとする強い意欲を持つ。

2、精進神足 四正勤(悪を断じ善を生じさせる努力)に意識を集中統一する。

3、心神足  想像(真理の観念)に意識を集中する。

4、慧神足  真理の観念への集中により得られた智慧に意識を集中する。

 

定が進むことによって、顛倒妄想の見方が180度大転換し、はじめて智慧=正しい見方が生じる。

そして、その 智慧=正しい見方 こそ 四無量心。

(もともと無量心であるということが正しい見方)

これにより

念⇒択法⇒精進⇒喜⇒軽安⇒定⇒捨

の七覚支が完成です。

五根も五力も

信⇒精進⇒念⇒定⇒慧

です。

これは、今まで述べた修行体系のおおすじを表しています。

信は仏陀の説かれた真理に絶対の信頼を置くことです。

その真理を繰り返してついには智慧とすることです。

この三十七菩提分法(八正道を除く)によって 智慧=正しい見方 が生じます。

その正しい見方が、八正道の正見です。

つまり、八正道とは、八つの道徳項目などでは全く無くて

七覚支などによって生じた 智慧=正しい見方 に基づいた思考、言葉、行為、生活のことであり、顛倒妄想を大転換して智慧が生じてはじめて実践できるものです。

ただの道徳をいくら守っても涅槃、解脱には行き着きません。

これが私の解釈です。

自費出版は甘くないですが

 koboyuki (133.106.189.111)    
ショ-シャンクさん、おはようございます。
とうとう執筆決意されたのですね!
おっしゃる通り一寸先は闇です。
御自身の事業も大変でしょうが、会社も自費出版もうまくいくように、祈っております。
待ち遠しいです。 上手く行きますように、

 

 

 

 

koboyukiさん、おはようございます。

ありがとうございます。

 

いま、自費出版社と摺り合わせをしており、近日中に契約します。

 

わたしは、出版業界の厳しさはある程度は知っていますので、『出版すれば本が売れる』などという甘い期待はしていないですし、自費出版社もその点やりやすいと思います。

よくある自費出版のトラブルでは、著者が『こんなにいい内容なのに出版しても全く売れないのは詐欺ではないか。担当の編集者はこの内容なら売れると言っていたのに。』とクレームすることがあげられます。

わたしは出版、特に自費出版などはそんなに甘いものではないと思っています。

もちろん、書くからにはなるべく多くの人の目に触れてほしい気持ちは強いです。

しかし、ちゃんと書店に並んで立ち読みしている人も多いのに全く売れないのであれば、それは内容が悪いからだと認識しますので、クレームしようなんて思いもしません。

1冊も売れなくても、立ち読みした人の目に触れればそれでOKです。

 

やっと、自費出版の原稿にかかろうという気になって、この自分のブログを最初から読み直しています。

自分が書いたことなのに、『こんなことも書いていたのか』と驚くこともあります。

ただ、このブログの記事だけでは、核心中の核心部分がさらりとしか触れられてないので、そこを詳しく書いていき、原稿として仕上げたいと思っています。

 

応援していただき本当にありがとうございます。

自費出版に取り掛かります

前から言っていて、しかしみずからの怠け性のために遅々として進まなかった自費出版ですが、これから原稿に本格的に取り掛かりたいと思います。

人間の命というのはいつどうなるかわかりません。とりあえず形に残していれば、いつ死んでも思い残すことはありませんので、本格的に取り掛かろうとやっと決意しました。

何作か出していきたいと思っていますが、まずどうしても完成させたいのは、このブログで探求してきた『歴史上の仏陀は本当は何を言いたかったのか』というテーマです。

 

内容の99%はこのブログでもすでに書いたものです。それに、わたしの考えの核心中の核心である『無量心』につき、詳しく書いていきます。それが残りの1%です。

特に『四無量心』については、わたし独自の、全く今まで聞いたことがない解釈をしています。

 

スケジュールとしては、今年8月までに原稿を書き上げ、来年2月くらいに出版という流れでいければいいと思っています。

 

わたしが生きているときには誰も読む人も賛同者もいなくても、形にさえしておけば、わたしが死んで10年後に一人の人がたまたま目にして共感してくれるかもしれません。

それさえなくても、形に残したという自己満足が得られます。

 

このブログも引き続き、時間があるときや気が向いたときに書いていきます。

備忘録の役目も果たしてくれると思いますし。

 

わたしの解釈が全く間違っている可能性は当然ありますが、書いていきます。

 

                  (2021年2月26日午前11時30分)

 

中部経典『布喩経』

中部経典『布喩経』にこうあります。

 

世尊は、比丘たちにこう言われた。

『比丘たちよ、ここに穢れ垢づいた布があるとするがよい。

 染物工がこれをとって、藍色に、黄色に、紅色に、あるいは茜色に染めようと、これを染め壺の中に浸したとするがよい。

 そのとき、この布は、染色鮮やかには染め上がらないであろう。

 しかし、無垢にして清らかな布があれば、鮮やかに染め上がるであろう。』

 

『そのように、比丘たちよ、なんじらの心が清浄であったならば、よき結果を期待することができるのである。』

 

『心の汚れとは、貪、瞋、恨み、妬み、吝嗇、詐り、慢、放逸などである』

 

『心の汚れを捨離することを得れば、仏と法と僧に対して絶対なる信を持するに至る』

 

『心の汚れを去って、よく解脱したる比丘は、いかなる施食を受けて食しても何らの妨げにもならぬのである。』

 

『彼はそのとき、ただ、慈悲の心をもって、あまねく一切をおおうて住するのである。

 東も西も、南も北も、上も下も、一切処にわたって、あます隈もなく、ただ広大なる、博深なる、無量なる慈悲の心をもって覆い、怒ることもなく、害なうこともなくして、住するのである。

そのとき、彼の心のうちには、はっきりと解脱の自覚が成るのである。』

 

『わたしは解脱した。わが迷いの生活はすでに尽きた。清浄なる修行はすでに成った。なすべきことはすでになされた。

もはやこの上は、さらにかくのごとき迷いの生活を繰り返すことはないであろう、との確信が成るのである。』

 

 

 

この説法は非常に重要です。

それは、解脱と無量心の関係について説かれているからです。

後世、とくに部派仏教の時代になってからは、四無量心は解脱・涅槃に至らないとして不当に貶められてきました。

梵天界が、色界最下層の境地とされました。

四無量心は、その色界最下層の梵天界に生まれる方法とされてしまいました。

 

しかし、この『布喩経』では、無量心の境地と解脱の境地がはっきりと結びついています。

 

 

『料なり』とは

浄土真宗の寺院のホームページに載っていた仏教解説の一部を転載しました。

この寺院の住職が講義したレジュメのようです。

とてもよくまとめられたいいレジュメだと思います。

 

さて、ここで大きな疑問があります。

 

浄土真宗の宗祖親鸞は龍樹を大変尊敬していました。

歴史上の仏陀は、自己や世界に実体があるか実体がないかという問いには無記、つまり、答えない、としました。

そのような形而上学的なことは涅槃に資することがないからです。

ただ、頭の中の見解を増やすだけだからです。解脱から遠ざかるからです。

しかし、龍樹は、自己や世界、そして仏、如来にも実体がないとしました。

これは世界中でも希有な考えです。

キリスト教にしてもイスラム教にしても、自分が信仰している神に実体がない、などと思いもしないでしょう。

龍樹の信奉者は、イスラム教徒に『あなたが信仰している神には実体がない』と言ってみたらわかります。どんな反応をするか。

 

親鸞は龍樹の『仏、如来にも実体がない』という考えを引き継いでいるので

『弥陀仏は自然のやうをしらせん料なり』と言います。

阿弥陀仏も方便なのだ、ということです。

 

 

親鸞は死ぬまでずっと形而上的な思索をし続けた人ですから、こういう結論に達したのでしょうけど、熱心な阿弥陀仏の信者にとってそれが受け入れられるものでしょうか。

 

浄土真宗の信者の人は、親鸞が言った『弥陀仏は自然のやうをしらせん料なり』をどう捉えているのでしょうか。

本当に、自分が信仰する阿弥陀仏には実体がないと思って信仰しているのでしょうか。

 

 

この言葉に違和感を覚える理由はこうです。

 

龍樹は、縁起の理法を龍樹独自に拡大解釈して、縁起であるから無自性であり、無自性であるから空であり、実体がない、としました。

そして、仏や如来にも実体がないとしました。

 

それはそれで一つの哲学的な結論なのでそう思うのはいいのですが、それが神仏に帰依するという信仰形態であるとき、それで本当にいいのだろうかと思います。

 

歴史上の仏陀の教えは、自分以外の『他』を信仰する、頼るということをしませんでした。

神仏を信仰するという形態は、キリスト教でもイスラム教でもそうですが、それらの信者は、『神は実在』『神は実体』としてあることに少しの疑いもありません。

人間は実体がないものを信じたり信仰したりすることはしないからです。

 

阿弥陀仏を信仰する浄土教において、『弥陀仏は自然のやうをしらせん料なり』つまり、阿弥陀仏も方便で実体がないというのはどうなんでしょう。

それを信者を導く宗祖が言ってしまうのはどうなんでしょうか。

 

喩えて言うなら、医療に『プラシーボ(プラセボ)』という言葉があります。

砂糖を固めただけの錠剤を、医者が『これは抜群に効く薬だ』と言って飲ますと、その効果が本当に現われるという現象のことを言います。

これは極めて一般的に認められた効果で、そのため臨床実験では必ず、偽薬を飲ませるグループと本物の薬を飲ませるグループとを比較します。

 

医者が、その錠剤を薬としての『実体がない』ただの砂糖だと患者に言ってしまったらその患者はその錠剤を信じるでしょうか。『この錠剤は方便なんだよ』と言う医者は名医でしょうか。

 

わたしは神が実在であるとか実在でないとか言っているのではありません。

そういうことは、仏陀は『無記』としました。

 

しかし、浄土教のように阿弥陀仏を熱烈に信仰する形態において、その信仰の対象を『実体がない』『方便だ』と言ってしまうのは、本当に無知な大衆を救おうとする熱意があったのかどうか疑問になります。

 

 

 

ある寺院による仏教史解説から 4

密教

 部派仏教の時代には、呪句や呪術を僧侶が行うことを禁じていたが、世間一般で行われていた「治歯呪」や「治毒呪」「防蛇呪」といった護身のための呪句を唱えることは許容されていた。また、呪句ではないが、森で修行をする時に木霊などが邪魔をしないように「慈経」を読誦することや『アングリマーラ経』を読誦することで安産を願うなどという習慣もあった。こうした祝福や護身のために経典を読誦することを「パリッタ」(護経、護呪)といい、現在でもスリランカ系仏教で行われている。
 大乗仏教の時代になると、一部の経典はバラモン教で行われていた現世利益を叶えるための呪句を取り入れるようになる。禅宗でも様々な呪句が唱えられているが、中でも最も長い陀羅尼として有名な「楞厳呪」は大乗仏典の『大仏頂首楞厳経』に説かれる陀羅尼であり、中国禅では出家僧の「女人避けのお守り」ともされている。 これを初期密教というが経典はまだ編纂されていない。
 7世紀以降ヒンドゥー教が力を持ってくると、それに対抗するために釈迦が説法する形式の従来の大乗経典とは異なり、大日如来(大毘盧遮那仏)が説法する『大日経』、『初会金剛頂経』などの経典が編纂されるようになる。これを「密教経典」といい後期大乗仏教に分類される。これらの経典の注釈書も作られると、多くの仏・菩薩などが生み出され、その世界観を示す曼荼羅が作られるようになる。この中で釈迦は400余りの仏・菩薩の中の一人に過ぎなくなっている。優勢であるヒンドゥー教に対応しようとした結果、かえって教義は複雑となりインドの大衆には受け入れられなかった。そこで、ヒンドゥー教の神々に対抗するため、シヴァを倒す降三世明王やガネーシャを踏むマハーカーラ(大黒天)をはじめとして、仏道修行の保護と怨敵降伏を祈願する憤怒尊や護法尊などの明王が登場することになる。これを中期密教という。
 更に8世紀になると、ヒンドゥー教シャークタ派のタントラやシャクティ(性力)信仰から影響を受けたとされる、男性原理(精神・理性・方便)と女性原理(肉体・感情・般若)との合一を目指す密教が登場する。これを後期密教という。密教における不二智を象徴的に表す男女が交わる姿をした「歓喜仏」も多数登場した。修行者である瑜伽(ゆが)行者がこれら諸尊の交合の姿を実際の性行為として実行することもあったとされる。後にチベット仏教でジョルと呼ばれて非難されることになるこれら性的実践は、主に在家の密教行者によって行われていたと考えられているが、時には男性僧侶が在家女性信者に我が身を捧げる無上の供養としてそれを強要する破戒行為にまで及ぶこともあった。
 イスラム勢力の侵攻によってインド仏教の崩壊が始まると、仏教復興までの期間(末法時代)は密教によってのみ往来が可能とされる秘密の仏教国土シャンバラという概念が生まれ、シャンバラの第32代の王となるルドラ・チャクリン(転輪聖王)が侵略者(イスラム教徒)への反撃を行い悪の王とその支持者を破壊し、インド仏教を復興させるという予言が密教の教えとして説かれるようになる。
 日本に密教を伝えたのは最澄と空海である。現世利益を説く密教は公家から多くの支持を集めたが、最澄は密教よりも当時の中国で最も権威があった天台宗を主として学んできたため、密教では空海に後れを取ってしまった。そこで最澄の弟子である円行、円仁(慈覚大師)、恵運、円珍(智証大師)、宗叡が唐に渡り、あらためて密教を学ぶことになる。これにより日本では天台密教と真言密教という二つの密教が生まれることになる。ただし、日本に伝わったのは中期密教であり、後期密教は真言立川流など一部にしか伝わらなかった。これは儒教の影響が強かった唐では、後期密教は性道徳に反するとして受け入れられなかったためであると考えられている。このため、同じ密教でも後期密教が発展したチベット密教と日本の密教ではかなり違うものとなっている。

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この解説によりますと、初期密教はインドでは受け入れられなかったので、中期密教でインドの神々を仏教に取り入れていったようです。

後期密教はチベットでは主流となりましたが、中国や日本では受け入れられなかったようです。

ある寺院による仏教史解説から 3

仏性と如来蔵思想と本覚思想

大乗仏教は「空」で「法無我」と「人無我」を説き、部派仏教で肯定的に受け止められていた「アートマン」(我)的なものをあらためて否定したが、唯識思想になると再び「アーラヤ識」という輪廻の主体を考えるようになった。輪廻の主体である以上「アートマン」と「アーラヤ識」にどのような違いがあるのかという問題が議論されるようになる。特にヴェーダーンタ学派の「アートマン」は「アーラヤ識」と極めて近いものであることを、仏教とヴェーダーンタ学派双方が認めている。唯識思想が「アートマン」的なものを肯定的に捉えたことから、如来の常住不滅を強調するという大乗仏教の思想が「無我」を主張しながらも「我」を超えた「大我」を説くという考え方を生むことになる。この「大我」は「仏性」あるいは「ニルヴァーナ」と同一のもので、衆生の中に「如来蔵」(真我)として存在しているという。 これを如来蔵思想という。この思想は2~3世紀頃にはインドで成立し『如来蔵経』『大般涅槃経』『涅槃経』『勝鬘経』など多くの経典が編纂された。『阿弥陀経』『般若経(初期)』『法華経』などを初期大乗仏教と呼ぶのに対して、これらの経典は中期大乗仏教に分類される。そこで説かれる「大我」とは、すべての衆生の個体を超越した普遍的・永遠的な「我」であり、自分の自己は一切の生きものの自己であるという。
南本『涅槃経』ではこの「大我」は八種の自在力を具えていると説いている。

① 一身を示して多くの身と作す。
② 一つの塵の身を示して三千大千世界に満つ。
③ 三千大千世界を満たす身を以って軽く拳りて空を飛ぶ。
④ 無量の形類をして、各々心あらしむ。如来の身は常に一つの国土に住して、しかも他の国土を一切悉見せしむ。
⑤ 諸根をして自在ならしむ。
⑥ 一切の法を得るも、如来の心はしかも得の相なし。
⑦ 一偈の義を演説して無量劫を経るも義また尽きず。
⑧ 如来は一切諸処に遍満して、なお虚空の如し。

 これはヴェーダーンタ学派の所説をそのまま取り入れたものである。アサンガが『摂大乗論』でこの説を外道として否定していたが、仏教の一部となり密教として日本仏教に伝えられている。
 「仏性」という言葉が「仏となりうる可能性」という意味で使われ始めたのは大乗仏教になってからである。中観思想では煩悩も如来も「空」であると説き、そのことを観ずることが仏を見るということであるから、すべての衆生がその可能性を持っているとして「仏性」を説いたのである。「仏性」を特に重要なものとして論じたのは『仏性論』を著したヴァスバンドゥである。これは、すべての衆生が「仏性」を持っているという「悉有仏性」を認めない者を論破するための論書である。経典では『大般涅槃経』が「一切衆生悉有仏性」を強調している。
中国や日本では、インドで衆生に含まれていない「草木」にまで「仏性」を認め、さらに天台宗では「草木国土悉有仏性」と「草木」だけではなく、山や川のような「国土」までも本来は仏であるという「本覚思想」を説くようになる。これは「如来蔵」思想の発展形であるともいえるが、仏教の思想と異なっているともされている。

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大乗仏教がバラモン教の影響を強く受けてできたのは間違いないのですが、その中でも大乗『涅槃経』を中心とする如来蔵思想は、バラモン教そのままといってもいいくらい影響を強く受けています。

ですから、「如来蔵思想は仏教ではない」とまで言う学者もいるくらいです。

 

ある寺院による仏教史解説から 2

2. 浄土思想
 「空」は、この世界は本来清浄な仏国土であるが、その様に感じることが出来ないのは心が清浄ではないからであると説いている。しかし、この教えが事実であるとしても、現実にこのような境地に至ることができない者にとってはただの理論にしか過ぎない。他民族の侵入や小国が林立する乱世が続いた当時のインドでは、多くの民衆は知的な理論より精神的な救いを求めていた。この思いを汲み取ったのが浄土思想である。
 大乗仏教では、人間としての釈迦から離れて、理想的な存在としての仏をイメージするという「観想念仏」という修行が行われたが、同時にその仏によって開かれた理想的な環境も「観想」するようになっていった。この環境を「浄土」(仏国土)という。様々な仏・菩薩やその浄土を説く多くの経典が編纂されたが、その中で後世に最も大きな影響を残したのが阿弥陀如来と、その浄土である極楽浄土である。
 この思想はインドではなく中央アジアを中心に発展していった。現在インドの遺跡から発掘された阿弥陀如来像のほとんどが、後代に起こった密教の「五智如来」(金剛界五仏は大日・阿閦・宝生・阿弥陀・不空成就の五如来、胎蔵界五仏は大日・宝幢・開敷華王・阿弥陀・天鼓雷音の五如来)の一人としての阿弥陀如来である。浄土信仰としての阿弥陀如来像と思われるものは1977年にマトゥラーでクシャーナ朝時代の阿弥陀如来像の台座が確認されたただ一例しかない。これに対して、中央アジアでは多くの阿弥陀如来に関する論書や仏像が作られている。阿弥陀如来は『仏説般舟三昧経』や『法華経』『仏説出生菩提心経』『大乗離文字普光明蔵経』『大乗離文字普光明蔵経』など多くの経典に示されているが、特に浄土教で重要視されているのは『仏説無量寿経』『仏説観無量寿経』『仏説阿弥陀経』の浄土三部経といわれる経典である。このうち『仏説無量寿経』と『仏説阿弥陀経』はインドで編纂された経典であることから、阿弥陀如来と極楽浄土がインドで生まれた思想であることは確かであるが、インドでは受け入れられなかった浄土思想がなぜ中央アジアで支持を得たのかは分かっていない。
 浄土思想は、中央アジアから中国に伝わると浄土教として広く各宗派の中に取り入れられ、さらに日本では宗派として確立することになる。

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浄土思想は、インドではなく中央アジアを中心に発展していった、とあります。

『インドでは受け入れられなかった浄土思想がなぜ中央アジアで支持を得たのかはわかっていない』ともあります。

この、歴史的な謎に関しては、グレゴリー・ショペンがその理由を解明しました。

 

つまり、浄土思想に限らず、大乗仏教はインドでは全く流行らなかったということです。

それは、インドでは、第一結集で確定したものが仏陀の本当の教えだと認識されていたからです。

ですから、おそらくサンガの中で一部の出家僧がひそかに大乗仏典を作っていっていたものの、それは非仏説として嘲りの対象であったというのがグレゴリー・ショペンの説です。

ですから、大乗仏典が作られ始めてから何百年も大乗教団のようなものはできなかったのです。

そして、5,6世紀になってはじめて、辺境の地という仏教が認識されていない地域に大乗教団ができたといいます。

 

浄土思想がインドで全く流行らなかったのもそういう理由です。

それで、仏教文化がほとんど伝わっていない辺境の地である中央アジアで支持を得られ始めたということです。

 

5,6世紀になってはじめて大乗教団らしきものが辺境の地域でできはじめるのですが、もうその頃にはインドの中央では、インド土着の信仰にバラモン教の教えを取り入れたヒンドゥー教が勢力を拡大しており、劣勢の仏教はその影響を大きく受けていきます。インド古来の神々やインド土着の呪術などを取り入れた密教の萌芽が見られ、やがて7世紀の密教経典の成立となります。

ある寺院による仏教史解説から 1

徳法寺という浄土真宗の寺院のホームページに、インド仏教史がわかりやすく書かれていたので一部を転載します。

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1. 中観思想 - 空思想の展開 -

「空」とは、あらゆる事物(一切諸法)は固定的な実体を有しないという大乗仏教の基本となる思想である。これを説く初期の「般若経典」は、経典の中で「空」を繰り返し強調してはいるものの、理論的な説明にまでは至っていない。この「空」を哲学的・理論的に基礎づけたのが「八宗の祖師」と仰がれているナーガールジュナ(龍樹、150年~250年頃)である。ナーガールジュナの名で伝えられている多くの論書の中でも代表的なものが「空」の理論を著した『中論』である。ここにある「中」とは、二つの対立した考え方があるとき、中間をとるということではなく、そのどちらの見解にもよらないという意味であり「中道」とも言われる。この『中論』をもとにしているのが大乗仏教の二大学派の一つである中観派である。日本には奈良時代に三論宗と成実宗として伝わったが(元興寺と大安寺を中心として学ばれた。いずれも南都七大寺の一つ。他の五か寺は東大寺・興福寺・西大寺・法隆寺・薬師寺)、平安時代に密教に吸収され現在は残っていない。
 この学派の主張は「ほんとうの意味で実在するものはなにも存在しない。あらゆるものは、見せかけだけの現象にすぎない。その真相についていえば空虚である。つまり、いかなるものもその本質を欠いているのである」というものである。「空」とは「無」ではなく、他の事物に条件づけられて起こっているということであり、是定と否定、有と無を超えた了解である。例えば「長い」という観念は「短い」という観念に「清らか」という観念は「不浄」という観念に依存して成立しているということであり、そのもの自体では成り立たないということである。このようにたがいに依存して成り立っているということを「縁起」という。「迷い」と「さとり」についても同様に了解されている。つまり、この二つも実体がなくたがいに依存しあっているものであるから「迷い」を抜け出して「さとり」に入るということはあり得ないことになる。現実の世界そのものが仏の本質であることに頷くことが「さとり」とされた。つまり、従来の仏教が現実を否定的にとらえる傾向が強かったのに対して、現実を肯定的に受け入れるという真逆の了解となっているのである。
 煩悩を捨て去るのではなく、この世界が無数の縁起によって成り立っているということを「観ずる」ことが「空」であり「仏にまみえる」ことであるというこの理論は、当時の仏教界に衝撃を与えた。この煩悩を捨てないという新しい仏教の思想は、大乗仏教の主流となるが、浄土思想、とりわけ親鸞の思想に大きな影響を与えている。 

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この解説によりますと、

「迷い」と「悟り」がたがいに依存し合って成り立っているので(縁起)、「迷い」を抜け出して「悟り」に入ることはあり得ないそうです。

 

また、『現実の世界そのものが仏の本質であることに頷くことが「さとり」とされた』とのことです。

この考えを究極まで推し進めていけば、天台本覚思想に行き着きそうな感じです。

 

主催者の判断ですが

くり (112.70.98.63)  

ショーシャンクさま。こんばんは。
 
>石飛先生は、サンスクリット語もパーリ語も読めて仏教以外のことにも造詣が深く、しかもユーモアがあって気さくな人柄ですので、閲覧だけしている人の中にも、話してみたい人は数多いと思っています。
 
 
本当にそうだと思います。
とても稀な方ですよね。
お釈迦様は共に道を歩む「善友」の大切さについて語っておられますが、わたしには正にそのような方のように思います。
 
 
>その結果、非常に多くの良質なスレッドは閉鎖に追い込まれていき、後には『悪貨』しか残りませんでした。
>ですから、ヤフー掲示板は株式板を除いてすべて閉鎖されてしまったのです。
 
 
ショーシャンクさまはその凄惨な現実を直に見てこられたのですね。。伝わって参ります。
 
 
>自分の掲示板を真摯な人の集まりであり続けたいのであれば、対話もできない、対話する意思もない、主催者を貶したいだけのアラシには毅然とした態度を取るべきでしょう。
 
 
ここなのですが、石飛先生は、たとえそのように常識を欠いた態度でmanikanaに書き込まれて来た人たちがいたとしても、その人たちが仏教に関心があるというその一点で、所謂「アラシ」とはとられないように思います。
やはり、ご自身と同じように仏道を歩もうとしている「道半ばの人たち」というご認識ではないでしょうか。
つまり、その非礼な態度もある意味「自己を尋ねた一つの形」としてどこか真正面から受け止め、その奥には人としてブッダと繋がる<真剣な部分>を探り、それと向き合う形で精一杯応対しようとされているように思うのです。
その部分しか、人が前進するすべがないことを石飛先生自身が身をもって体験されているように思うからです。
書き込んだ本人たちがそれに気がつくかどうかは別としまして。
ブログに来る人はやがて去っていきます。
心に嘘のない人たちの間で交わされる真摯な対話は、当人の人たちはもちろんでしょうけど、外部から見ている者にも思わぬ大きな「宝物」を頂くことになります。
でも、石飛先生は、そういう対話が出来なかった人たちであっても、manikanaを去った時、ふと気が付けば、その手に何かしらの「お土産」を持っていたっていう状態であることを、心の底から願っておられる人のようにわたしには思うのです。

 

 

 

 

くりさん、こんばんは。

そうですね。

石飛先生はいい人なので、慈悲の心で見守っておられるのかも知れませんね。

掲示板の運用はその掲示板の主催者の意思次第なので、私がどうこう言う権限はありません。

ただ、ヤフー掲示板を見る限り、最後の最後までアラシたちは立ち去らず迷惑行為はなくなりませんでした。

 

マニカナ全体から誰かを排除すると石飛先生の意思に反するのであれば、新マジカナ道場だけは対話形式の掲示板ですから対話できない人は他の『お気楽掲示板』や『マジカナ広場』で活躍するようにしてもらって、道場は対話できる人にすることも考えられた方がいいとは思います。

 

私は『いい人』でないので、自分のブログは真摯な人限定にしたいと思っています。

仏陀は、矢を抜き去る最上の人

スッタニパータ560に

『わたしは、矢を抜き去る最上の人である』という仏陀の言葉があります。

 

ダンマパダ275に

『矢を抜いて癒す方法を知って、わたしは汝らにこの道を説いたのだ』とあります。

 

感興のことばに

『人々は自我観念にたより、また他人という観念にとらわれている。

 このことわりをある人々は知らない。

 実にかれらはそれを矢であるとは見なさない。』

とあります。

 

 

仏陀は自らを『矢を抜く最上の人』と言っています。

矢を抜く方法が、四諦十二縁起、四念処なのです。

 

わたしは、後世に形成された『仏教なるもの』は

この矢を抜く方法を捨て去ってしまって、

『その毒矢はどんな人が射ったのか』『矢を放った弓は何色でどんな形だったのか』『弓はどのような材料でできていたのか』ばかりを議論し、膨大な論書を生み出し続けたと思っています。

 

痴(moha)とは

痴(moha)は、正しい見解でないこと、邪見解から生まれます。

妄説や偏見などはすべて痴(moha)です。

私たちは実に様々な偏見に囲まれて生きています。

無意識にその偏見の虜となっています。

日本人は頭が良く他のアジア人は頭が悪い、という偏見を持つ人がいます。

白人が優れた人種で有色人種は劣っていると考える白人は必ずいるでしょう。

それどころか、日本のなかでも、隣県は仲が悪いことが多く、『自分の県より、隣の県のほうが人が悪い』と考えている人もいるでしょう。

人種差別、男女差別、地域差別、学歴差別、職業差別、人間の偏見にはきりがありません。

これらのことは、痴(moha)のほんの一部です。

 

痴(moha)とは、分離の思いを生じさせ、嫌悪の感情を生じさせるものが多いです。

また、無常の理や因果の法をくらませてしまう妄説も全部、痴(moha)です。

常見は無常の理の理解から遠ざけます。

断見は因果の理法をわからなくしてしまいます。

ですから、常見も断見も痴(moha)です。

 

テレビでさかんに煽っている考えはすべて痴(moha)です。

テレビはスポンサーの意向でいろいろな考えを煽っているのです。

グルメ番組が多いのは、食への消費に向かわせるためです。

美味しいものを食べることが最大の幸せだという考えに向かわせます。

貪(raga)の増大へと向かわせます。

恋愛を賛美するのは、化粧品や洋服の消費へ向かわせているのです。

 

世の中の全体が痴(moha)で覆われていると言っても過言ではありません。

 

瞋(dosa)とは

瞋(dosa)は、苦受から生まれます。

苦受とは、不快な感受です。

苦受が苦受の記憶となり、嫌悪となります。

苦受の対象を嫌悪し、避けよう、防御しようとする働きになります。

本来自由な精神に、嫌悪の壁が次々と立てられていきます。

その嫌悪の壁から成る閉鎖空間に閉じ込められてしまうのです。

束縛されてしまうのです。

 

嫌悪するものを排除しようとすることから、嫌悪が憎しみや怒りになることがあります。

ですから、瞋(dosa)を怒りと訳すことも多いですが、本来は嫌悪でしょう。

 

貪(raga)と瞋(dosa)は、正反対の感情ですが、どちらも自由な精神を束縛してしまうのです。

貪(raga)とは

煩悩の代表的なものは、貪瞋痴です。

 

わたしは、煩悩とは何か、でこう書きました。

『私は、煩悩とは束縛のことだと考えています。

精神の自由を束縛するもの、

本来の無量の精神を限定させるもの、

これが煩悩の本質です。

精神に苦をもたらすもの、それが煩悩です。

自由をその本質としている精神にとって、束縛は苦なのです』

 

それでは、貪(raga)とは何でしょうか。

貪(raga)は楽受から生まれます。

つまり、快適な感受です。

快適な感受は、快楽の記憶となります。

快適な感受は愛着を引き起します。

愛着する対象に精神を固定させてしまいます。

まさしく、束縛、縛、結です。

精神から自由が奪われます。

これは、悪い結果になるとわからないからやめられないのではなく、悪い結果になるとわかっていても、一点に縛られ固定化されてしまっているのです。

 

ストーカー規制法ができて、警察から警告が出され近づいたら逮捕すると言われてもストーカー犯罪はなくならないのです。

それは、精神が愛着の対象に縛られているからです。

 

 

 

いい雰囲気の掲示板にするには

くり (112.69.56.172)  

ショーシャンクさま、お返事ありがとうございました。
 
>私がマニカナに投稿し始めの時、春間さんがさかんに『縁起を見るものは私を見る』という言葉を書いてましたので、石飛先生に『「縁起を見るものは私を見る」という言葉は仏典にあるのでしょうか?』とお聞きしたことがあります。
 
ああ、そうだったのですね!
確かそれは『お気楽掲示板』の中だったと思うのですが、春間さまから「縁起を見るものは私を見る」という言葉が出てきたのはわたしの記憶の中にも残っています。
{そんな言葉あったかな?}って思ったのも事実です。
先の投稿をする前に、過去ログを調べたのですが、『マジカナ道場』とは違い、消えゆく形なので、その部分はもう残っていませんでした。
その時の石飛先生の対応はわたしの記憶の中にはないのです。
それは大変失礼をいたしました。すみません。
 
>石飛先生は『どうでしょうか』というような感じで困っておられたような様子でした。
 
ああ、そうだったのですか。。 うーーん、それはとても残念です。
「その言葉は仏典にあるか?」という形で問われたのならば、やはり、専門家としてご自身の知っている知識の範囲の中で「ある・ない」をはっきりと言明して欲しかったです。
また、それが文献学的にはっきりと言明しにくい性質のようなものがあるのであるならば、それをそれとして説明してもらいたかったですよね。
そうだったのですね。
 
>マニカナは仏教の掲示板ですから、仏陀の法の下には参加者は平等であってほしいですし、誰をも特別扱いせずに、自由に討論できる場であってほしいと思っています。
 
仰る通りだと思います。
人々のために松明をかざす人(Buddha)の教えを学ぶのに特別扱いは本当に不要です。
ショーシャンクさまがまた再びmanikanaに登場されることを望んでおられる方も多いと思います。
この度は申し訳ありませんでした。
また、このように対話できることをありがたく思う次第です。

 

 

 

くりさん、おはようございます。

 

石飛先生は、サンスクリット語もパーリ語も読めて仏教以外のことにも造詣が深く、しかもユーモアがあって気さくな人柄ですので、閲覧だけしている人の中にも、話してみたい人は数多いと思っています。

 

初めての掲示板に投稿するとき、どんなに大きな勇気が要るかということに、常連の人はいつも思っていないといけないでしょう。

何十年もその掲示板に居座っているとその感覚は麻痺してしまうでしょうけど、人間はその人たちが思うより繊細で臆病なのです。

それを感じ取る感性がないのであれば、その人がしてきた『仏教』はその人に何ももたらさなかったということです。

優しさは大事です。

古くからの常連客だけがオーナーの前に居座って大声で話している喫茶店からは新規の客は遠ざかります。

実社会では、そうやって閑古鳥が鳴いた喫茶店は数多いです。

 

と同時に、主催者を貶すことだけが目的の人や対話をせず自論を見せびらかしたいだけの人、いわゆる『アラシ』には毅然とした態度を取るべきでしょう。

ヤフー掲示板において、良質なスレッドが心ないアラシのために閉鎖に追い込まれた例は数限りなく見てきました。

ヤフー掲示板は、スレッドの主催者つまりスレ主にアラシの投稿を削除する機能がなく、そのスレッドを閉鎖させたいと思えば、アラシが罵詈雑言の大量投稿すれば簡単に閉鎖に追い込めたのです。

その結果、非常に多くの良質なスレッドは閉鎖に追い込まれていき、後には『悪貨』しか残りませんでした。

ですから、ヤフー掲示板は株式板を除いてすべて閉鎖されてしまったのです。

 

ヤフー掲示板と違って、自分のブログには、アラシから防御できる機能がありますから本当に快適です。

 

ヤフー掲示板の東哲板でアラシとして有名だったマージャンと呼ばれていた人や和弘と言っていた人などは、『スレッドはスレ主の所有物ではなくみんなのもの』とよく言って、どんなに迷惑がられてもそのスレッドに居座っていました。

 

自分の掲示板を真摯な人の集まりであり続けたいのであれば、対話もできない、対話する意思もない、主催者を貶したいだけのアラシには毅然とした態度を取るべきでしょう。