『インド大乗仏教の虚像と断片』第2章「金剛般若の「その地点は塔廟となるだろう」という成句」

第2章では、多くの大乗仏典において、遺骨崇拝を批判し、経典崇拝を優位にしていると結論しています。

ただ、法華経は遺骨崇拝と経典崇拝を同等に見ているとの指摘です。

 

遺骨崇拝批判は法華経より前の時代に成立した経典群に見られるのに対し、法華経はストゥーパ、遺骨崇拝の支配的地位と折り合いをつけたようにショペンは見ているようです。

 

しかし、私は、そのような流れというよりは、大乗仏典はかなりバラバラに発生したものだと考えており、個々の作者の悟りを表明したものですから、内容は違っていて当然だと思っています。

 

大乗仏典に共通するのは、部派仏教への批判であり、部派仏教が仏陀の真意からかけ離れたという憤りだと考えています。

そうでなければ、わざわざ、第一結集に依らない経典を新しく作っていくなどということはしないでしょう。

 

 

私は、法華経の作者は、歴史上の仏陀が自分の遺骨を塔にして礼拝するように言った遺言の真意を、ひたすら舎利塔の前で瞑想して探求していた人物だと思っています。

あるとき、その答えを見つけたのです。

その時、目の前の舎利塔が大きくなり空中に広がることで、それが真実だと証明されたという確信を得たと思っています。

その覚醒から法華経を書いたのだと思っています。

彼にとっては、仏陀の舎利塔は真理の象徴、悟りの象徴でした。

 

 

ただ、ショペンが言うように、大乗仏典では、遺骨崇拝の代わりに経典崇拝が説かれることは確かです。

大乗仏典では、もっぱら経典読誦が強調されます。

経典に依らない禅宗は別として、大乗仏教の修行は読経です。

これに関しては、考察もありますが、いまは、そういうものだと記しておきます。