無限であること、無量であること

中部経典『不動適応経』にこうあります。

 

私は広い、大なる心によって住み、意によって確立し、世界を征服してはどうであろうか。

私が広い、大なる心によって住み、意によって確立し、世界を征服するならば、悪しき不善の意が、貪欲としても瞋恚としても憤激としても生じないからである。

またそれらを捨断すれば、私の心は無限となり、無量となり、よく修習されたものになるであろう。

 

 

この仏陀の言葉からもわかるように、不善の法や煩悩を捨断すれば、心は無限に、無量になる、ということです。

煩悩とは、不善の法とは、無限であり無量である心を、覆い被せ、限定しているものだということです。