仏教についてのひとりごと 50

般若心経だけでなく、仏教の最も陥りやすいのが虚無思想です。

スッタニパータにも、【世界を空なりと観ぜよ】とあります。
なぜ、世界は空(sunnata)なのでしょうか。
最初期において、仏陀の真意は、
【生じたものは必ず滅する】から空としたのです。
生じたものは必ず滅する泡のようなものだからです。

それがだんだん、縁起を相依性と捉え、すべての存在は周囲の各要素によって成り立っているにすぎずそれ独自の自性はなく実体がない、という解釈が主流になりました。
無自性=空
ですね。

そして、煩悩、欲望が苦しみの元だとして、欲望を徹底的になくすことで苦しみから逃れられる、という何とも馬鹿馬鹿しい教えとなっていきました。
灰身滅智の思想ですね。

そのアンチテーゼとして大乗仏教は生まれ、そしてその発展形として、欲望を全肯定する密教が生まれていきました。

般若心経をなぜ空海はあれほど重要視したのか、です。
空=すべての存在には実体がない
という解釈だけでは、色即是空は説明できても空即是色は説明できません。
また、空海があれほど般若心経を重要視した秘密にも迫れないと思います。

 

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<<空は「empty」(空っぽ)でなく「fullness」(一杯、充満)ではないかと読んだ記憶があります。>>


それを書いた人はよくわかっていると思います。
すべての存在が生じては滅する、無限の空間、だと思っています。
唯一の意識の大海といってもいいですが。
その大海に現れては消える無数の波、泡が現象だと思います。

その唯一意識の大海を何と呼んでもいいのです。
空といい無といい道(tao)といい、アートマンといいブラフマンといい、大日如来といい阿弥陀如来といい久遠実成の釈迦といい、天照大神といい、何と名付けようがどうでもいいことです。
名前なんてしょせん人間の頭が作り出したものですし、その名前にこだわって争ったり戦争している人類は何とも幼稚なものです。

 

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今日は用事がありますので、また明日でも書きますが
> 『現在において欲楽なく、静まり、清涼となり、楽しみを感受しつつ、
> ブラフマンとなったアートマンによって住する』
> ditthe va dhamme nicchato nibbuto sitibhuto sukhapatisamvedi
> brahmabhutena attana viharati .<
は、松本史朗著『縁起と空』からの引用です。
『縁起と空』には、その出典を明示していないので、独自に調べるしかないのですが
検索するとKandaraka Suttaが出てきます。
また詳しいことが分かれば書き込みます。

ただ、松本史朗は法華経信者の仏教学者です。
ですから、原始仏教研究の中村元とは正反対の立場なのですが
原始仏典にアートマンが肯定されて頻繁に出てくることは
立場の正反対の仏教学者の2人が意見は一致しています。

 

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今手元に、詳しくない方のパーリ語辞典(春秋社・水野弘元)しかないのですが
その辞典にも
brahmabhuta 【梵体・梵となった】とあります。
attan 【我・自己・我体】=atta
viharati 【住する・居住する】

attaの否定語が、anatta です。

これが、
sabbe dhamma anatta の句に出てくるanatta です。
つまり、諸法無我と訳されてきた 無我=anatta です。

諸法無我の場合、すべての存在には、attaは無い。
諸法非我の場合、存在するものどれも、attaではない。

となります。

どちらの訳でも、atta=我=アートマンと解釈されています。
諸法無我の場合、すべての存在には、アートマンは無い。
諸法非我の場合、存在するものどれも、わがアートマンではない。
ということになりますので、
brahmabhuta が『梵となった・ブラフマンとなった』という意味であれば
attaはアートマンでしょう。
attaを自己、我と訳しても同じことですが。
ブラフマンとなった自己に住する、ブラフマンとなった我に住する、ということですから。

 

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<<attaに、アートマンなんて意味をつけるから、ややこしくなるんではないかと思いました。>>

その通りだと思いますね。

sabbe dhamma anatta  を
万物にはattaが無い。
万物にはアートマンが無い。
と解釈していったところから、仏教は大きく仏陀の真意から離れていきました。
第二結集のときに部派仏教に分かれ、それぞれの派が形而上学的な思弁に耽るようになって
もう仏陀の真意は跡形もなくなりました。

『その後、アビダンマ教学の盛んな部派の時代に進むと、積極的にアートマンは存在しないと主張することとなり、本書の編纂された時代は、こうした考え方が支配的であった。
 したがって、仏教の無我説は時代の変遷とともに、その解釈が大いに変わった。
 無我即無霊魂という考え方もその所産である。
 ナーガセーナ長老もアビダンマ教学の説く無我説の立場から、無我とは無住普遍の実体のないことであり、個人にとっては実体としての人格的個体の存在しないことであり、更に無霊魂である、と明言している。
 ブッダの時代にあっては、決して霊魂の有無を論じなかったし、仮に論じたとしても、それは宗教的実践に何ら役立たない形而上学論議として斥けられていたものである。』
         (『東洋思想5/早島鏡正著「無我思想の系譜」』東京大学出版会刊)

仏陀は、アートマンがあるとかアートマンが無いとかいう問題は
ずっと無記でした。
そのようなことを論じることは涅槃に赴かないからです。
アートマンとかブラフマンとか仏性だとか大日如来でも阿弥陀如来でも、何と名付けようと言葉にしてしまうと認識する対象となってしまいます。

『無常であり苦であるものは、われ、わがもの、わが本体ではない』と否定しつくしたところにあるもの、つまり、つくられざるもの、としか言えないもの、これは名前を付けた途端千里を離れるものでしょうね。

後世になればなるほど『無我とは無住普遍の実体のないことであり、個人にとっては実体としての人格的個体の存在しないことであり、更に無霊魂である』となっていきました。
主体の喪失です。

しかし、今になってやっと、仏教学の主流は、仏陀の真意は諸法無我でなく諸法非我だったとなってきました。
これからますます、明らかになってくるはずです。