仏教が仏陀の真意からかけ離れた理由 

ショーシャンク様 こんにちは。

前にマニカナのコメント欄で会話させて頂いた大和(ヤマト)です。

 

>すべての宗教は、その組織が大きくなればなるほど腐敗します。
>ほとんどの宗教の最初期はほぼ例外なく美しい。
>しかし、組織がきっちり出来上がり、規模が大きくなり、資産が増えてくると、その組織を維持しなくてはいけないという宗教の本来とは正反対の自己保身、自己拡張の方に進んでいきます。
>そして、組織、教団の正当性、優越性をアピールするのに必死になります。
>ここにおいて、最初期の宗祖の真意からどんどんかけ離れていく。
>仏陀とその直弟子の時代の原始仏教と根本分裂以降の部派仏教もかなりかけ離れていきます。

 

釈尊がまだ生きて直接指導をしていた頃に、既にご指摘の兆候が見え始めており、それらに対する「後世の弟子たち」へ向けた、釈尊からのメッセージと考えられる経典が存在します。
ご存知かとは思いますが、ここでその内容を記し、共にその重要性を再認識したく投稿いたしました。

その経典は < 中部経典 第六十五経「バッダーリ経」>です。

要約すれば、ある弟子が、次のような質問をしています。

   尊師よ、どのような原因があり、どのような縁があって、
   昔は〈 修学すべき基礎(戒律などのこと)〉が少なく、しかも悟りにいたる比丘が多かったのですか?
   また尊師よ、どのような原因があり、どのような縁があって、
   いまは〈 修学すべき基礎 〉が多く、しかも悟りにいたる比丘が少ないのですか?

昔(初期の教団)は、戒律などが少なかったのにもかかわらず、悟りにいたる比丘が多かった。
ところが今は、まったくその真逆になってしまっていますが、それは、どうしてなのですか? …という質問です。
──死後2500年どころか、釈尊がまだ生きているときに、すでに、もうこんな状態が現れつつあったのでしょうか…

   バッダーリよ、それは次のようである。
   生ける者が退廃し、正しい教え(正法)が隠没するとき、
   〈修学すべき基礎 〉は多く、しかも悟りにいたる比丘は少ない。

   バッダーリよ、煩悩の漏出に起因するもろもろの[悪い]ことがらが僧団の中に現われないかぎり、
   師は修学すべき基礎を設定しない。
   バッダーリよ、煩悩の漏出に起因するもろもろの[悪い]ことがらが僧団の中に現われるとき、
   煩悩の漏出に起因するもろもろの[悪い]ことがらを防ぐために、師は弟子たちに修学すべき基礎を設定する。

   バッダーリよ、僧団が大きくならないかぎり、
   僧団の中に煩悩の漏出に起因するもろもろの[悪い]ことがらが現われない。
   バッダーリよ、僧団が大きくなり、
   僧団の中に煩悩の漏出に起因するもろもろの[悪い]ことがらが現われるとき、
   煩悩の漏出に起因するもろもろの[悪い]ことがらを防ぐために、師は弟子たちに修学すべき基礎を設定する。

     ※以下、繰り返しの部分は省略しています。

   バッダーリよ、僧団が最高の利得を得ないうちは……もろもろの[悪い]ことがらが僧団の中に現われない。
   バッダーリよ、僧団が最高の利得を得て、……を防ぐために、師は弟子たちに修学すべき基礎を設定する。

   バッダーリよ、僧団が最高の名声を得ないうちは……もろもろの[悪い]ことがらが僧団の中に現われない。
   バッダーリよ、僧団が最高の名声を得て、……を防ぐために、師は弟子たちに修学すべき基礎を設定する。

   バッダーリよ、僧団が博識にならないうちは……もろもろの[悪い]ことがらが僧団の中に現われない。
   バッダーリよ、僧団が博識になり、……を防ぐために、師は弟子たちに修学すべき基礎を設定する。

   バッダーリよ、僧団が長い経験を経ないうちは……もろもろの[悪い]ことがらが僧団の中に現われない。
   バッダーリよ、僧団が長い経験を経て、……を防ぐために、師は弟子たちに修学すべき基礎を設定する。

釈尊は、〈修学すべき基礎 〉が多くて悟りにいたる比丘が少ない原因は、
世の人々が退廃し、「正しい教え」が人々から隠されて埋没してしまっているからである、と答えます。
そして、そのような状況になってしまうその理由を、ここで五つ挙げているのです。

1.僧団が大きくなってしまうこと。
2.僧団が最高の利得を得てしまうこと。
3.僧団が最高の名声を得てしまうこと。
4.僧団が博識になってしまうこと。
5.僧団が長い経験を経てしまうこと。

これは、ほんとうに、もの凄いことを言っていますよね…

僧団が大きくなってしまうと、解脱や悟りを求めて修行に努め励む弟子ちだけではなく、色々な弟子が増えてきます。
途中で、比丘尼の出家がみとめられたため、そちらに気を奪われがちになるるような者たちも現れます。
そのような者たちを戒める説法なども、経典の中には説かれているのです。
また、真面目に修行をせずに、無駄話しに耽(ふけ)る者たちなども増えてきます。

そして、僧団が大きくなるにつれて、そして有名になるにつれて、多くの寄進をする在家信者たちも増え始めて、
僧団は「精舎」などの財産(資産)を持つようになります。
それまでの「無所有(無一物)」の集団ではなくなってしまうのです。

   比丘たちよ。君達はわたしの「法の相続者」でありなさい。財物の相続者であってはならない。

   < 中部経典 第三経「法嗣経(法を相続する者)」>

「利得と名声を得る」ことからは、苦しみの因となる「欲貪や囚われ」が生起します。
すると、解脱に向かうための「無貪・無執着・無所有」の実践を、心がだんだん放棄するようになってしまう。
そしてまた、利得や名声を得ると「自慢する心(うぬぼれ)」が生起し、そして次第に増上してきます。
「博識になる」というのも、「傲慢になってしまう」ことと、もう一つは、博識(多聞)の比丘が多くなると、
それぞれが自説を主したり、また邪説を正説として他に説く者も現れてきて、様々な障害を起こしてしまうようになる。

この、「自説を勝手に主張したり、邪説を正説として他に説く」ことを回避するには、どうすればいいのでしょうか?

   修行僧らよ。その修行僧の語ったことは、喜んで受け取ることもなく、また排斥することもなく、
   それらの文句を正しく良く理解して、(ひとつずつ)経典にひき合わせ、戒律に参照吟味すべきである。
   それらの文句を、(ひとつずつ)経典にひき合わせ、戒律に参照吟味してみて、
   経典(の文句)にも合致せず、戒律(の文句)にも一致しないときには、この結論に達すべきである。
   ──〈 確かにこれは、尊師の説かれた言葉ではなくて、この修行僧の誤解したことである 〉と。
   修行僧らよ。それ故に、お前たちはこれを放棄すべきである。

   しかし、もしその文句を、(ひとつずつ)経典にひき合わせ、戒律に参照吟味してみて、
   経典(の文句)にも合致し、戒律(の文句)にも一致するならば、結論としてこのように決定すべきである。
   ──〈 確かにこれは、尊師の説かれた言葉であり、この修行僧が正しく理解したことである 〉と。

   < 長部経典 第十六経「大般涅槃経(ブッダ最後の旅)」第四章 十五、 ボーガ市における四大教示>


釈尊は、世の人々が退廃し、「正しい教え」が人々から隠されて埋没してしまうことを、そして、後世の弟子達が、
どれが本当の「正しい教え」なのかが解らなくなる時が来ることを、ちゃんと予見していたように感じられるのです。
釈尊は、涅槃に入る少し前に、その時のための「教え」を、後世の弟子のために残しておこうとしていたのではないでしょうか?

最後の「長い経験を経てしまうこと」というのも、もの凄い言葉ですね。
比丘としての経験の長いことを誇り、また経験の長さに基づいて、さまざまな専横や邪法をおこなう輩が出てくるかもしれない。

でも、釈尊がまだ生きて直接指導をしていた頃に、そこまでのひどい弟子たちが、そんなにいたとは思えないんですけど。
…ですから、やはりこれはおそらく、「後世の弟子たち」へ向けた、釈尊からのメッセージなのだろうと私は考えます。

「長い経験を経てしまうこと」によって現れる、「伝統」や「格式」や「法脈」などというものを鵜呑みにして囚われないように。
それらを無条件で受け入れるのではなく、「原典」と照らし合わせて吟味熟考し、精査して本当に「正法」なのかどうかを確認しなさいと
釈尊は、私たちにそう伝えようとしているように、感じられました。

でも、釈尊がまだ生きて直接指導をしていた頃に、そこまでの非道い弟子たちが、そんなにいたとは思えないんですけど。
…ですから、やはりこれはおそらく、「後世の弟子たち」へ向けた、釈尊からのメッセージなのだろうと私は考えています。

「長い経験を経てしまうこと」によって現れる、「伝統」や「格式」や「法脈」などというものを鵜呑みにして囚われないように。
それらを無条件で受け入れるのではなく、「原典」と照らし合わせて吟味熟考し、精査して本当に「正法」なのかどうかを確認しなさい。

釈尊は、私たちにそう伝えようとしているように、私には感じられました。

 

 

大和さん、こんにちは。コメントありがとうございます。

大和さんがおっしゃることに私も全く同感いたします。

まさにそれこそが仏教で起こってきたこと、そしてすべての宗教で起こってきたことだと思っています。

著書の中でも書きましたが、仏教には戒律は非常に多いのですが、最初期の戒律はひとつだけでした。

そのひとつとは、【梵行(brahmacariya)を修して、正しく苦を滅ぼしなさい】という戒律です。

しかし、弟子の数が増え、サンガつまり教団ができはじめてから、様々な人たちが弟子になっていきます。

当然、熱意も意識レベルもまちまちで、怠けたり遊んだりして集団生活の風紀を乱すものも現われてきました。

そこで、仏陀は、不祥事があるごとに戒律を定めていきました。

それを随犯随制と言います。

比丘の戒律が250もあり、比丘尼の戒律が348もあるのは、それだけ不祥事も多かったということです。

律蔵には、とんでもない行為をする比丘の話も多いです。

そしてそれは仏陀の在世中であっても、です。

 

釈尊は、〈修学すべき基礎 〉が多くて悟りにいたる比丘が少ない原因は、
世の人々が退廃し、「正しい教え」が人々から隠されて埋没してしまっているからである、と答えます。
そして、そのような状況になってしまうその理由を、ここで五つ挙げているのです。

1.僧団が大きくなってしまうこと。
2.僧団が最高の利得を得てしまうこと。
3.僧団が最高の名声を得てしまうこと。
4.僧団が博識になってしまうこと。
5.僧団が長い経験を経てしまうこと

 

僧団(サンガ)が大きくなり、裕福になり、大きな名声を得たピークは2つあると思っています。

ひとつは仏陀在世中。仏陀の名声はインド国中に広まっていきました。

寄進をする者はあとをたちませんでした。

極めて裕福な団体であったのです。

仏陀の葬儀にかかった費用は、クシナガラ全体の財産など合計してもはるかに凌駕するようなものでした。

仏教教団がいかに富裕であったかが分かります。

 

もう一つのピークはアショカ王が仏教に帰依したときでした。

各地に舎利塔が何百となく建てられ、僧院も数多く建てられました。

 

 

でも、釈尊がまだ生きて直接指導をしていた頃に、そこまでの非道い弟子たちが、そんなにいたとは思えないんですけど。

 

もちろん、仏陀の死後ほど酷くはないにしても、仏陀在世中にも意識の低い人はいたと思います。

律蔵には、とんでもない行為をして(性的なものが多い)追放になった者たちの例が多くありますし、何より仏陀が亡くなったときに『口うるさい者が死んだ。これからは自由になれるんだ』と喜んだ比丘がいて、それを見て摩訶迦葉は結集を決意したのですから。

それも、仏陀が言うように、教団が裕福になったためでしょう。

働かなくても僧院でのうのうと暮らしていけるという気持ちで入った者も少なからずいたように思えます。

提婆達多が戒律を厳しくして、僧院に住んだりせず昔のように森の中で暮らすことや食事の招待を受けず托鉢のみにすることなどを提案して大部分の僧侶の賛同を得たのは、そのような堕落を目の前で見ていたからだと思っています。

 

次のピークはアショカ王の時代です。

ここにおいて、数多くの僧院が建てられていき、僧院にこもって煩瑣な理論を構築していく時代になります。

理論を構築していったのは一部の優秀な比丘たちであり、その他の大部分は真摯にまたは普通に修行に励んでいた比丘でしょうが、何割かの者はろくに修行もせずふらふらと遊んでいたと思われます。

朝寝坊をする者、僧院の正門のあたりをぶらつき回って時間つぶししているだけの者、毎日同じ商人の家にばかり行く者、そのような者が非難されることもなく一般的な状況だったという資料があるくらいです。

古代インドの劇では、仏教の僧侶が嘲りやからかいの対象となったものも多いそうです。

それは、バラモン教(ヒンズー教)やジャイナ教に比べ、あまり修行しているように見えなかったからでしょう。

苦行が中心の宗教に比べただ座ってるだけということもあったでしょうし、ふらふらと遊び回る怠惰な僧侶がかなりの数いたためと思えます。

 

 

釈尊は、〈修学すべき基礎 〉が多くて悟りにいたる比丘が少ない原因は、
世の人々が退廃し、「正しい教え」が人々から隠されて埋没してしまっているからである、と答えます。
そして、そのような状況になってしまうその理由を、ここで五つ挙げているのです。

1.僧団が大きくなってしまうこと。
2.僧団が最高の利得を得てしまうこと。
3.僧団が最高の名声を得てしまうこと。
4.僧団が博識になってしまうこと。
5.僧団が長い経験を経てしまうこと

 

正しい教えが埋没してしまう理由として、僧団が大きく裕福になり名声が高まることについて見ましたが、4番目の『僧団が博識になってしまうこと』というのも、実に仏教教団で起きたことですね。

森の中で暮らした原始仏教時代とは違って、多くの僧院が建てられていき、僧侶は僧院にこもって煩瑣な理論を構築していくことに没頭しました。

多くの部派に分かれたため、その部派の間で盛んに論戦が闘われていったのも理論武装に拍車をかけます。

アビダンマの時代です。

仏陀の真意からはどんどんかけ離れていきました。

 

5番目の『僧団が長い経験を経てしまうこと』

この解釈は非常に難しいようです。

片山一良の訳書では、ほとんどサンガに入って間もない僧侶が新入りに入団戒を授けていたので『法臘十歳(僧侶になって10年)の者が入団戒を授けることが出来る』という戒律を作った。しかし、愚かにして聡明でない法臘十歳が入団戒を授けようとしたので、入団戒を授けられるのは法臘十歳以上の聡明で有能な比丘に限るという戒律を作ったそうです。

ちょっとここの解釈は難しいですね。

 

いずれにせよ、この経典の趣旨は、『正法が消滅しているとき戒律が多くなり完全智を確立する比丘は少なくなる』ということのようです。

 

ごく初期の仏教においては、戒律は一つしかなく、悟る人たちが続出しました。

 

仏陀の死後、サンガの維持が極めて重要になっていきました。

また、戒律も非常に重要視されていきます。

しかし、戒律は随犯随制で作られていったことや、最初期の弟子たちは外形的な戒律がなくても、『生じるものは滅する』という理法だけで次々と悟っていったことを思うと、『正法が滅するとき戒律が多くなり悟るものは少なくなる』道理がわかるような気がします。