仏陀の真意の復興運動

sam********

読んでいただいてありがとうございます。
改行が下手で読みにくく申し訳ありません。
誤字を訂正します:
破壁で死体を観察しろ「墓場」
パーリ経と言うよりと言うより,反仏説、アンチ仏説です。「パーリ経典は非仏説と言うより反仏説、アンチ仏説です」
大乗非仏説は怠慢の言い訳、渡辺照宏語録(スーカラマッダヴァ論へのコメントがあります)のURLはhttps://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10321621790
でした。

そこの引用:
『お経の話』岩波新書
>パーリ文聖典がいわゆる”原始仏教”すなわち仏陀シャーキャムニとその直接の弟子たちの頃の仏教の資料であると考える学者があった。今でも(追記:1967)そう信じている人がいる。しかしこれはひとつのの仮説であって論証された事実ではない。<


文献学が60年近く進歩して「パーリ仏説・大乗非仏説」は論証されましたか?誰が論証したんですか?ショペンですか?「パーリ仏説・大乗非仏説」は今でも絶滅危惧種の信仰・願望・妄想・・じゃないんですか?
論証されたのなら「釈尊は大乗経典を説いてはならない」理由を教えてください。

 

 

 

まず、初期仏教テキストに属するパーリ語経典には、マガダ地方(仏陀が活躍した地域)などインド北東部や中部方言の名残がある、という言語学的分析があり、これらのテキストが比較的早期に成立しており、仏陀の活動時代またはその近辺であった可能性を示す根拠とされています。

サンガの戒律には「仏の言葉(buddhavacana)をサンスクリット詩 (chandas = 梵語詩形式) にするな」という仏陀の発言がある、 具体的には、“sakāya niruttiyā buddhavacanaṁ pariyāpuṇitu”という文句があり、「各自の方言 (あるいは自分たちの話し言葉) で仏説 (buddhavacana) を学べよ」という許可が与えられている、という形で伝わっている、と言っている学者もあると聞いたことがあります。 スバシ写本 (古写本系) の伝承には「サンスクリットにしてはならない、もしやれば罪になる」との言及があるそうです。

他にも、経典の中に出てくる社会描写でも、大乗仏典が紀元後と思われる描写があったりします。

 

これらのことから、大乗仏典が紀元後に書かれたものだと考える人が多いと思います。

 

だからといって、私は大乗非仏説だとは思いません。

私は、大乗仏教は仏陀の真意の復興運動だと思っています。

samさんがおっしゃるように、部派仏教はサンガという組織を維持拡張していくことが主目的となりかなり初期の仏陀の真意からかけ離れたと思っています。

すべての宗教は組織が確立したとたん、組織の維持の方に向かってしまい、本来の教えの核心から離れてしまうことが多いのです。

ですから、大乗仏教が同時多発的に興ったのだと思っています。